チョコレートの持つ「美味しさ」だけではなく、「人」にスポットをあてた連載「チョコと人と、物語と。」。今回の連載の舞台は、海を超えてヨーロッパを舞台に物語が始まります。今回は、前回の続きとなる後編。ポルトガルのビーントゥバーチョコレートブランドである「Feitoria do Cacao」(フェイトリア・ド・カカオ)が立ち上がる背景をお届けしていきます。
ポルトガル人スザーナさん、そして日本人の菅 知子さん、この二人がパッションを持って動き出すドラマ。二人の出会いと、チョコレート作りを始めるまでのストーリーをお届けしてきました。
今回は、サントメ島の貧困を目の当たりに強い決意を持った二人が実際にチョコレート作りを始めるところからお話を再開していきます。
知子さん:長い話になりましたが、ようやくチョコレート作りを始めます(笑)私もスザーナもとにかく借金をするのが嫌いで、銀行からの融資も受けたくなかったので、二人の多くない自己資金で借りれる物件を探して、アヴェイロの町はずれにある場所を見つけました。
そこは今年の4月下旬に現在の工房に引っ越す前の場所で、小さいところでしたけど地下室もあって、地下に工房を作って、1階部分に店舗と事務のスペースを作りました。それから先ほどの話の通り、2015年5月に会社を設立して、その年の12月にお店をオープンさせました。
ue_mon:遂に「Feitoria do Cacao」がスタートしたわけですね!でも、知子さんはもう通訳やコーディネーターの仕事は辞められたですか?
知子さん:「Feitoria do Cacao」が軌道に乗るまでは平行して仕事も受けていましたが、製造やオーダーが忙しくなって、最近ではコロナ禍もあって、そっちの仕事はセーブしています。ですが、今でも前から担当していたクライアントの仕事や、自分がやってみたい会社の仕事はたまに受けていますよ。
ue_mon:現在、「Feitoria do Cacao」はお二人で切り盛りされているんですか?
知子さん:はい! チョコレートの製造全般はスザーナが、それ以外のパッケージングや営業、事務は私が担当しています。人を雇ってしまうと自分たちのペースで物事を進められなくなりますし、やはり雇い主として労務や時間の管理をしなくてはいけないので、その労力は割けなくて、二人ができる範囲でやっていくということを基本にしています。でも、大量のオーダーが入ったときは、たまに知り合いにパッケージングをお願いして、私が製造のヘルプに入ることもありますよ。
ue_mon:そうなんですね! 日本のクラフトチョコレートメーカーは輸出をしているところは少ないんですが「Feitoria do Cacao」は積極的に輸出もされてますよね? 国内と国外だとどちらの需要が多いですか?
知子さん:それは圧倒的に国外の方が需要が多いですね! 特にその中でも中国からの注文は本当に凄いです。中国は味覚が発達している人が多いと思うので、美味しいものの良し悪しに敏感ですし、経済的に余裕のある方は、嗜好品に対して寛容で、凄く興味を示してくれています。あと、何より中国は人口と言う母数が大きいので、クラフトチョコレートの様なニッチな業態でも、それなりの需要があります。一方、ポルトガルは人口1000万人程度ですから、単純に中国はポルトガルの140倍の人口を抱えていることになりますよね。
ue_mon:140倍それは確かに凄いですね! 中国にはいくつかの取引先があるんですか?
知子さん:いえ、中国への輸出は独占契約をしているので、一社のみになります。でも香港は別にお取引先があります。中国の会社は2019年からお取引があるんですが、年二回の受注があって、毎回製造能力を最大限にして納品しています。特にタンザニア産のカカオ豆と、羊のミルクを合わせたシープミルクチョコレートが大人気で、中国のお取引先のオンラインショップでは、1500枚のタブレットが15分で完売します(笑)
ue_mon:15分で!? 単純に人口10分の1の日本でも、150枚のタブレットを15分で売り切るなんて、バレンタインシーズンでなければ、そうそうできないですよね。凄い購買力です! 日本はそういうところにはあまり進出してないんですよね。
知子さん:日本は日本の事情があるとは思いますが、日本のクラフトチョコレート業界は世界から見ても非常に特殊です。私たちは国内市場だけではどう考えてもやっていけないので、国外に出るしかないのですが、日本は逆に国内市場だけで収益を上げているところが殆どですよね?
日本国内だけで100以上のブランドがあって、その殆どが内需だけで経営を継続していけると言うのが本当に不思議です。でも、輸出した場合の卸値って、小売価格に比べて凄く下がってしまうので、薄利多売のビジネスモデルにならざるを得ないのですが、日本ではそれをやらない分、直接販売で利益率も良いのかなと思っています。
私たちの工房はアヴェイロの町はずれにありますし、ここまで買いに来られる方は多くないですから、直接販売をメインでは考えていないんですね。よくお客様からも「リスボン(ポルトガルの首都)でやれば流行るのに」と言うお声を頂くこともあるんですが、それこそ家賃だけで何千€もかかるし、人を雇ったり基本経費も上がるので、効率的に儲かる工夫をしないといけなくなる。そうすると自分たちが作りたいか、に関わらず、売れる商品を作っていかなきゃいけなくなるので、それは違うかなと。
ue_mon:モノ作りに専念できる環境が大事と言うことですね!
知子さん:仰る通りです。先ほども言いましたが、私たちは借金をするのが嫌いなんです。まぁ、私もスザーナも小心者と言うこともあるんですかね(笑)だから、給料の支払いや家賃の支払いに追われて、モノ作りに集中できない環境になって欲しくないんです。普通だったら銀行から融資を受けて、大きい機材を入れて、生産能力を増強して、儲けたお金で毎月のローンを返済するんでしょうけど、私たちは少しづつ稼いで、貯まったお金で設備を増強しているので、歩みはゆっくりですね。でも、金銭的なプレッシャーは無いし、モノ作りに集中できるので、マイペースで伸び伸びとしています。
ue_mon:ところで「Feitoria do Cacao」と言えば、アズレージョ(ポルトガルで広く普及している青色を基調としたタイル)のデザインを取り入れたパッケージとモールドが特徴的ですが、オープン当初は違うデザインでしたよね?どういった経緯で生まれたのでしょうか?
知子さん:はい。2017年に変更しました。いくつか理由はあるんですが、一つは作業性の面ですね。以前使っていたモールドは既製品で、カカオの木が表面にデザインされていて気に入っていたんですが、デザインの特性上表面に鋭角の角がたくさんあったので、チョコレートを流した時に気泡が残りやすかったんです。
メーカーによっては気泡ぐらいなら気にしないで売るところもありますけど、スザーナは完璧主義で、そう言うことを凄く気にするので、気泡が残っているものは全部溶かして、やり直していたんです。しかも、厚みがあるモールドだったので、テンパリング(チョコレートの温度調整を行って、チョコレートに含まれる油脂を安定した結晶構造にする工程)をしたチョコレートを流しても、固まるまでに時間がかかってしまって、途中でテンパリングが壊れて、ブルームを起こしてしまうこともあって、凄く苦労していたんですよ。
ue_mon:クラフトチョコレートは市販のクーベルチュールと違って、テンパリングの癖もありますし、どこのメーカーも苦労されていると思います。
知子さん:当時経験不足と言うこともありましたけど、本当に何度も何度もやり直しました。でも、上手くいかない原因のひとつがモールドのデザインにあると分かったので、この問題を解決しなくてはと思っていました。また、もう一つの理由は、口に入れたときに厚みのあるチョコレートよりも、薄いチョコレートの方が口溶けが良いという点ですね。
私たちも勉強のために色んなメーカーのチョコレートをテイスティングするんですが、薄いチョコレートの方が口溶けが良くて、私たちの求めるものに近かったんです。それでスザーナと話し合って、モールドを変えた方が良いねってことになったんですが、いっそのことパッケージもリニューアルした方が良いんじゃないかと言うことになって。以前私もデザインの仕事をしていたことがあって、最初のパッケージは私がデザインをしたんですけど、新しいパッケージは中々良いアイデアが出なくて。
ue_mon:デザインの仕事もやってたんですか!?
知子さん:はい、実は(笑)。そんなときにCozy Plus Incorporateの社長 阪倉さんから「今度、知り合いのイワナガ マホちゃんって言うデザイナーが仕事でポルトガルに行くよ」と言われて、よくよく話を聞いていたら、まさかリスボンに住む私の友人の日本人クリエイターのところでアシスタントすることが分かったんです。
それなら「ぜひアヴェイロにも遊びに来てね!」って軽い気持ちで伝えていたんですが、本当に滞在するリスボンから休暇を使ってお店に来てくれて、それで何か縁があるなと思って話をしたら、「ポルトガルで自分の作品を残したいので、ぜひパッケージデザインをやらせてください!」って言ってくれて、ワーキングホリデーのビザでポルトガルに来ていたので、期限間近だったんですが、一週間ほどアヴェイロに滞在して、色々とアイデアを出してくれました。それでアズレージョのデザインは彼女のアイデアで、一目見てポルトガルらしさが伝わるデザインが気に入って、アズレージョをモチーフにした正方形のパッケージデザインを採用することにしました。
ue_mon:知子さんは本当にドラマティックで様々な縁に恵まれてますね(笑)それで、モールドのデザインはどうされたんですか?
知子さん:そう言う性分なんですかね(笑)。それが調べてみたら、オリジナルのモールドを作るのは凄くお金がかかることが分かって、当初は新しいパッケージの正方形の形に合わせて、既製品のモールドで25gの長方形のタブレットを二枚入れていました。
でも、2017年に初めてAcademy of Chocolate(イギリスを主体とするチョコレートの品評会)と、International Chocolate Awards(イギリス、イタリア、アメリカを主体とするチョコレートの品評会)で受賞して、それが国内外のメディアで取り上げて頂くきっかけになって、凄く取扱店が増えました。それでアズレージョのパッケージは、お土産品としても手に取って頂きやすくて、凄く評判が良かったんです。
結果的にクラフトチョコレートのファン以外のお客様も増えて、お蔭様で凄く市場が広がりました。そうして儲かってきたので、今度はオリジナルモールドも作ろうと言うことで、これもアズレージョをモチーフにした十字の溝の入ったモールドで、私がデザインしました。
ue_mon:このモールドは知子さんのデザインだったんですね! 僕は今のモールドは個人的に気に入っていて、正方形に4分割できますし、例えば分割して人にシェアしてもタイルのデザインなので見栄えが良いんですよね。
知子さん:ありがとうございます! でもたまにひとつ前の既成のモールドで、25gのタブレットが二枚入っている方が良いって仰る方もいて・・・そのモールドは模様のないスタンダードなタイプで、格子状の溝がたくさんあったので、少しずつ割って食べれたんですね。それでその人から、今のモールドは4分割だから減りが早いって(笑)まぁ、冗談込みですけど!
ue_mon:なるほど(笑)ヨーロッパってチョコレートの消費が多いイメージですけど、ポルトガルの人ってそんなにちょっとずつ食べるものなんですか?
知子さん:ポルトガルはヨーロッパの中でもチョコレートの消費量が最低レベルの国なんです。基本的には気温が暑い国になればなるほどチョコレートの消費量が落ちるんですけど、それでもイタリアやスペインはある程度消費量ありますよね。でも、ポルトガルはチョコレート以外のお菓子が豊富だったせいか、消費量は多くないですよね。
ue_mon:へぇー!そうなんですね!ポルトガルって行ってみて思ったのは、卵を沢山使うお菓子が多いですよね!パステル デ ナタ(エッグタルト)とかオヴォシュ モレシュ(最中に似た皮に黄身の餡を詰めたお菓子)、パン デ ロー(日本のカステラのルーツになったと言われる焼き菓子)とかも。
知子さん:そうそう! 修道院菓子を起源とするものが多いからなんです! ポルトガルがその昔王制だった時代の話ですけど、全国各地に修道院があって、その大きなスポンサーが王族だったんですね。それで王族が全国を周遊する際に、当時はホテルが無かったので、修道院に宿泊していたんです。
修道院では王族が来るとなったら、如何に王族の関心を引いて、スポンサーとして太いパイプを得られるか、と言うことが死活問題で、何日も前から準備をして、盛大に宴会を開いて、その土地の料理やお菓子を振舞っていました。だから修道院長は料理上手な人が多くて、他の修道院と差別化を図るために、バラエティに富んだ料理やお菓子が生まれたと言われています。とは言え、当時は今と違って限られた食材しか無く、でも、みんな家畜で鶏を飼っていて、卵はたくさん手に入ったんです。
それで実は卵白はアイロンがけで糊の代わりに使われていたので、卵黄が大量に余ったんですね。そこで卵黄をベースに、当時手に入った砂糖や小麦、アーモンド、あとシナモン等を使って、様々な知恵を絞って作られたのが今のポルトガル菓子のベースになっています。
ue_mon:卵白が糊!? そんな歴史があったなんて面白いですね! ポルトガルの人たちは普段はどんなお菓子を食べてるんですか?
知子さん:伝統的なお菓子は今でもある程度食べられてますし、あと普段は焼き菓子とか小麦のお菓子が多いと思います。ポルトガルは紅茶よりもコーヒーが根強いので、コーヒーに合う焼き菓子は良く食べられてますね。
ue_mon:日本の伝統菓子の和菓子って、お土産とかに持って行く様なちょっと高級なイメージですけど、ポルトガルの伝統菓子はカフェに行けばどこも1、2種類は置いてて、凄く身近にあるなと感じました。ところでポルトガルには、クラフトチョコレートメーカーはどれくらいあるんですか?
知子さん:ポルトガルのクラフトチョコレートメーカーは本当に少ないです。今知る限りで5軒ぐらいですかね。これは他のヨーロッパの国でもよくある問題なんですが、ポルトガル語では『chocolate artesanal(ショコラッテ アルティザナル)』と言って、日本語で『職人のチョコレート』って言う意味で、これを良く謳い文句にした商品が多いんですね。
そうするとBean to Barとかクラフトチョコレートを知らない人達に、「私たちは職人が丁寧にカカオ豆からチョコレートを作ってます」と言っても、「でも、あそこに売ってる商品も『chocolate artesanal』って書いてたよ」って言われるんです。そう言うところの殆どが業務用のクーベルチュールを溶かして、モールドに流しただけとか、そんな商品なので、中々私たちがやってることが伝わらないんですね。私たちも直接お店に来たお客様にはそうやって違いを説明できるんですが、卸が中心の販売なので、ただ店頭に他のブランドと並んでいると、違いが判らなくなってしまうんです。
ue_mon:日本ではBean to Barを知ってる人も増えてきてますし、そもそも直接販売も多いですからね。そんなポルトガルでカカオ豆を調達するのも大変じゃないですか?
知子さん:ヨーロッパでは何軒かBean to Bar専門のカカオ豆の輸入商社があって、私たちもそこを利用しています。一つの農園でコンテナ一本とか、混載してある程度の量を輸入する場合は直接取引をした方が良いんですが、私たちはまだそこまでの量は捌けないので、輸入商社を入れた方が取引がスムーズです。しかも、輸入商社が入っても、生産者とは直接やり取りができるので、カカオ豆の品質についての質問やフィードバック、賞を取ったときの報告やお礼もできるんです。また、生産者と直接繋がっているので、輸入商社が変わっても新しい担当窓口を紹介してくれますし、凄くお互いに良い関係が築けています。
ue_mon:日本も輸入商社が入ってカカオ豆の輸入はされていますが、中々カカオ生産者と直接やり取りしているところは少ないんじゃないかな?
知子さん:そうですよね。言語の問題は大きいと思います。私も得意ではありませんが、仕事ではどうしても必要なので英語を使います。でも、世界中のクラフトチョコレートメーカーはSNSを中心にコミュニティが形成されていて、カカオ豆のことから技術的なこと、機材のことまで、色んな質問をし合っています。本当にたくさんの国からそのコミュニティに参加していますが、日本は見かけませんね。日本は日本の中でコミュニティができているのかなと思いますが、やはり新しい情報がアップデートされていない可能性はあります。日本もそうしたコミュニティに積極的に参加できれば、情報のやり取りができて、もっと発展できるのにと思うのですが・・・
ue_mon:業界自体がガラパゴス化しやすい環境にありますね。僕もSNSでたまに海外の方から、「日本のクラフトチョコレートはどこのサイトで買えますか?」と質問を受けますが、「日本に遊びに来てください」とお返ししています(笑)
知子さん:そうなんですね(笑)日本のブランドで海外に積極的に情報発信や輸出しているところありますか?
ue_mon:うーん、僕の知る限り海外に輸出しているところは片手か、両手で数えられるくらいでしょうかね。でも、どこも大々的にやっている感じではないですよね。
知子さん:やっぱりそうですよね。私も以前日本に帰った際に、いくつか日本のメーカーのものを頂いて、とても素晴らしかったので、日本人としてはそうしたチョコレートが海外で見られないのは残念ですね。
ue_mon:次に商品について聞いていこうと思いますが、チョコレートの製造はスザーナさんが担当していると言うことでしたが、商品開発もスザーナさんが中心でやっているんですか?
知子さん:いえ、商品開発は私も一緒にやっています。
ue_mon:新商品を作る際は、どのようなプロセスで商品開発をしていますか?
知子さん:私たちの場合は、まずカカオ有りきなので、気になったカカオ豆があったらサンプルを取り寄せて、チョコレートを様々な条件で作ってテイスティングをするんですけど、もちろんプレーンのままで美味しい場合もありますし、このチョコレートにはこんな素材を合わせたら良いんじゃないかとか、そんなことを二人でディスカッションしながら、アイデアを出し合っています。
例えば私たちが使っているタンザニアの「ココアカミリ」と言うカカオ豆ですが、柑橘の様なフレーバーと酸味が特徴のカカオ豆で、本当に素晴らしい豆でとても気に入っているんですが、私たちはチョコレートにそこまで酸味を求めていなかったので、酸味をカバーするのに羊のミルクを使ったらチーズの様になって良いんじゃないかと言うことで、作ったのが中国で人気のシープミルクチョコレートなんです。
あとはサントメ島のカカオ豆は、始めるきっかけになった場所なので、私たちは絶対に使いたかったんですけど、そこまで個性が強くなくてマイルドな味わいで、プレーンで作るには少し物足りなさがあったので、元々製塩で有名なアヴェイロの海塩を足してみたら、凄く良いバランスになって、カカオ豆の味わいが立つようになりました。
ue_mon:そんな感じでチョコレートを生み出しているんですね!では、チョコレートの製造についてもう少しお聞きしたいので、知子さんに通訳をお願いして、ここからスザーナさんにもご質問したいと思います。スザーナさんはチョコレート作りにおいて一番こだわっていることは何でしょうか?
スザーナさん:私たちはカカオ豆の選別から成型に至るまで、全ての工程を自分たちでやっていますが、その全てにおいて常により良く、完璧に近いものを求めてチョコレート作りをしています。なので、いつも同じ工程を踏むだけでなく、ちょっとした点で改善をしたり、作業の順序を変えたりしています。でも、自分の基準の中で完璧だと思えるものについては、レシピの調整は行わないようにしています。
でも機材を変えたときは、これまでとパフォーマンスの幅が変わるので、また試行錯誤が必要になります。具体的に言うとロースターですが、今までは単純な温度管理のローストしかできませんでしたが、新しいロースターは曲線を描いて時間ごとに温度を操作できる様になったので、無限にローストのパターンがあり、どの曲線が一番カカオ豆に適しているかを常に考えています。
ue_mon:素晴らしいです! 中々日本ではそこまで細かな温度設定ができるロースターはありませんね。カカオ豆は農作物なので、収穫年や収穫期によって味わいも変化があります。これはクラフトチョコレートメーカーによって考え方は違うと思いますが、スザーナさんは収穫年や収穫期によって変わるカカオ豆の味わいに合わせて、チョコレートの味わいも変えますか?それとも、これまでのチョコレートの味わいを変化させない様にレシピを調整しますか?
スザーナさん:まず今扱っている産地のカカオ豆は品質が安定していて、極端に味わいが変化することはありません。ですが、変化がない訳ではないので、まずこれまでと同じ味わいになるように調整を試みます。ですが、極稀に全く違うキャラクターのカカオ豆が届く場合があります。その場合は、まずカカオ生産者に直接問い合わせをします。
以前とある産地でそう言ったことがありましたが、そのときは同じ生産者の中でも、これまでとは違う区画の農園のカカオ豆が届いていたことが判明し、それ以降は生産者にも伝えて、農園指定で購入する様にしています。また、別の産地では、生産者に問い合わせをした際に、何度聞いても「全く同じものだ」と言い張っていました。そのカカオ豆のクオリティは、残念ながらこれまでのものと比べて明らかに低く、レシピをどう調整しても納得のいく味わいを表現することができなかったので、泣く泣く取り扱うのを止めました。
ue_mon:品質のためには時に厳しい判断をすることも必要ですね。メーカーによっては明らかにクオリティが下がったと知りつつ、でも売れるので作り続けていると言うところもきっとあるでしょう。では、スザーナさんはチョコレート作りの中で一番苦労していることは何でしょうか?
スザーナさん:やはりローストですね。ローストはチョコレートの味わいを決定付ける重要なプロセスですし、無限の可能性があるので、生豆の状態である程度「こんな味わいに近付けたい」と思っていても、実際にローストしてみたらそうならないこともあるし、また違った側面が出てきて、そこを掘り下げてみたり・・・0.5℃の違いでも結果が変わるので、本当に終わりが見えません。その他の工程に関してはテクニカルなポイントを押さえていれば、多少調整することはあっても極端に変えることは無いと思います。
ue_mon:どれもとても拘りの詰まったチョコレートだと思いますが、その中でも特にスザーナさんがお気に入りのチョコレートはありますか?
スザーナさん:単純にテイストとしての好みはミルクチョコレート ニカラグア57%ニブスですね。味わいのバランスが良く、しつこく無く、食べ疲れないので、いくらでも食べてしまえます。また、作り手としてやり甲斐があり、扱いが難しい分、望んだ味わいのチョコレートに仕上がった時の達成感が一番大きかったのは、ペルー マラニョン72%です。
このマラニョンは非常にデリケートで複雑で、ちょっとローストを間違えるとピークポイントを逃したり、また十分に引き出せなかったりと、本当に難しいカカオ豆です。新しいロースターに変えた際に、これまでのチョコレートのクオリティを維持するため、全てのカカオ豆のロースティングプロファイルを調整する必要がありましたが、その中でもマラニョンは一番調整が難航しました。でも苦労の甲斐もあって、今まで以上に味わいを引き出せたと思っています。
ue_mon:ペルー マラニョンは僕も好きな産地です。メーカーによって本当に印象が変わりますし、メーカーの数だけ表情があるカカオ豆だと思います。
スザーナさん:仰る通りだと思います。以前のロースターでもマラニョンはローストしていて、その味わいを新しいロースターでも表現したいと思っていました。また以前のロースターでは、どんなに上手くやっても最後の渋味が消えずに残ってしまうので、それを消したかったんです。新しいロースターでは曲線を調整して、どれくらいの温度で何分、何秒間熱を加えると言うような、細かい調整ができるので、以前のロースターでは成し得なかった渋味を消すことができ、とても満足しています。
ue_mon:なるほど!次に4月下旬に工房を引っ越しして、とても広い場所になりましたね。今後、新しい工房でどのようなことをやりたいですか?
スザーナさん:まずやりたいことは工房に見学者を入れることです。これまでの工房はスペースが狭く、また地下にあったので、見学することができませんでした。でも、今の工房は一般の見学者を受け入れできる様に、一つ一つの作業場所のスペースも広く作ってあります。私自身もチョコレート作りはとても面白く、魅力的なことだと思っているので、見学を通して皆さんにもそのことを知って頂き、分かち合いたいです。
また、工房を拡張したことで生産量も増やせますし、それだけでなく商品のバラエティーも増やせることに期待しています。これまではあまりやってきませんでしたが、季節限定の商品を作ったり、クライアント限定の商品を作ったり、そうした遊び心を持って取り組めるスペースもあるので、とても楽しみにしています。
ue_mon:それではお二人に最後に伺いたいと思いますが、「Feitoria do Cacao」として今後どんなことをやっていきたいですか?
スザーナさん:私が考えることは今までと変わらず、二人でより良い品質のチョコレートを求めて作り続けることです。私は知子と二人でこの会社を始めました。忙しいときにはお手伝いを雇うこともありますが、今に至るまで二人で続けています。今後も機材の拡張等はやるかもしれませんが、二人でできる範囲までしか拡大させることは考えていません。
やはり同じ価値観で同じ方向性を持って取り組めるパートナーの存在は偉大で、「ここまではやるけど、これ以上はやらない」と言うような考えが一致しているので、チョコレート作りに集中できているし、その環境に感謝しています。もちろん新しいことにもどんどん挑戦していきたいと思っていますが、ただ奇をてらったチョコレート作りをするのではなく、自分たちが追い求める最上級のチョコレートを目指すための挑戦をしたいです。私は性格的に満足できない性格なので、多分一生より良いものを求めてチョコレート作りをするんだと思います(笑)
ue_mon:職人らしく凄くストイックな考え方ですね!知子さんも同じ考えをお持ちですか?
知子さん:はい!基本的には同じです。私たちは今とても幸せなんです!お金が無い中で二人で始めた「Feitoria do Cacao」ですけど、お金持ちになれないまでも、今チョコレート作りで稼いだお金で生活ができています。私たちにとってチョコレート作りはライフワークであり、それ自体が喜びを与えてくれるものです。だから、私たちは生活のために我慢して仕事をやると言うことは考えていません。これが、やらなくてはいけないと言うマインドでやっていることなら、きっと続けることはできません。やはり私たち自身が楽しく、幸せだからこそ、その喜びを分かち合いたいと思えるんですね。だから、この状態を維持することが私たちにとってはとても重要なことなんです。
ue_mon:ビジネス的に上を向くことを求められる今の世の中ですが、凄く芯があり、力強い言葉ですね。また、そう言ったモノ作りにおける仕事の向き合い方が、日本にもっとあっても良いですよね。では最後に、日本いる「Feitoria do Cacao」のファンの方に一言お願いします!
スザーナさん:今はなかなか難しいかもしれませんが、もしこれから旅行でポルトガルに来ることがあったら、ぜひ工房に足を運んでみてください!そして、これからも日本の皆さんに素晴らしいチョコレートをお届けできるよう頑張ります!
知子さん:チョコレートって凄く不思議な食べ物で、同じカカオ豆を使っていても、その作り手の感性や考え方で味わいが変わるし、もっと言えば、カカオ豆の味わい以外の部分で運んできてくれるもの、エネルギーと言うのか、『その人たちの手から伝わる味を一緒に楽しむ』ところがあると思うんです。そう言うところで、私たちが皆さんにお伝えできることは、私たち自身が日々を楽しみ、喜びながらチョコレート作りを行って、それを食べて下さった方々にも分かち合いたいということです。
そして、私たちがチョコレート作りを始めるきっかけになったカカオ生産者も、カカオ豆のクオリティを上げ、それに伴って収入も向上してきています。私たちが心がけているのは、チョコレートに関わる全ての人々が幸せになることです。それはカカオを育てる人も、チョコレートを作る私たちも、そして売って下さる人も、最終的に食べて下さる人も、その皆が喜び、幸せを分かち合える様なチョコレート作りを行って、橋渡しができればと思っています。
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https://cozyplus-inc.com/tag/portugal/
今期のFeitoria do Cacaoは10月末〜11月上旬入荷予定
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