チョコレートの持つ「美味しさ」だけではなく、「人」にスポットをあてた連載「チョコと人と、物語と。」。今回の連載は2018年にSTORE & CAFEをOPENさせて、“知る人ぞ知る”からチョコレートが好きな多くの人たちの間で話題になった「La chocolaterie NANAIRO」。今回も「La chocolaterie NANAIRO」で代表を務める西森 亜矢さんと、連載の書き手であるue_monさんによるインタビューをお届けしていきます。
前回の記事では、何もないところからチョコレートづくりが始まる経緯までを追いました。チョコレートという難しさ、天候との戦いなど、壁を乗り切った先とは? 後編となる今回は、ブランドのローンチと今に至るまでを追います。
西森さん「私たちがチョコレートを作ったときに、同じ味を再現することができなかったんです。その検証をしていく中で、その日の天気や気温・湿度等のデータを記録していて、それらを照合した結果、特に夏の時期に作られたチョコレートに限定して味にバラつきが生じていたので、一つの仮説として、それは恐らく『この地域特有の気候が関係しているのだろう』と。結局、『同じ味のチョコレートを作れないんだったら、同じ味のチョコレートを作るのを諦めよう』となりました。」
ue_mon「そうだったんですね。NANAIROと言えば、パリコレクションやミラノコレクションの様なファッションの世界では恒例になっている春夏と秋冬に区切って、半年ごとに新作商品をリリースしているところも特徴的で気に入っていましたが、天候による事情があったんですね!」
西森さん「意図せず結果的にそうなってしまいましたが、これもそれぞれ役割が違っていて、秋冬は比較的製造が安定するので自分たちがやってみたい、あるいはあらかじめ味わいを決めて狙って作ることが多いです。それに比べて、春夏は自分たちが考える美味しさのために、カカオ豆の個性に合わせてローストや砂糖の量は調整しますが、メランジャーでチョコレートを練っているときは、ただひたすら『美味しくなれ!』って祈ってます(笑)」
ue_mon「NANAIROさんは毎シーズン新作を発表するときに、シーズンテーマを打ち出していますし、チョコレートにはカカオ豆の産地やテイスティングノート、ドリンクペアリング等が書かれたプロファイリングカードも入っていて、カードにはキービジュアル(イラストや写真、グラフィックデザイン等)も差し込まれていますよね? それはどういう風に決めているんですか?」
西森さん「秋冬に作る際は先ほど言った通り、事前に方向性を決めるので、いくつか元となるキーワードや詩的な表現を出して、イメージを膨らませてシーズンテーマを決めていきます。シーズンテーマが固まったら、それに沿ってチョコレートの味わいのコンセプトをいくつか決めて作り始めますし、シーズンテーマを元に私が簡単なラフ画を描いて、各デザイナーさんにはシーズンテーマとラフ画を元にイラストなり写真なりキービジュアルを作って頂いてます。
ですが春夏に作るものに関しては、どんなチョコレートができるのか分からないので、でき上がったチョコレートを元にキーワードを拾って、後付けでシーズンテーマを決めて、その後デザイナーさんにキービジュアルを作って頂いています。それで秋冬の新作発表前はいつもバタバタで、この時ばかりは徹夜で作業してたりします(笑)」
ue_mon「普通、プロファイリングカードは一度作ったら商品のラインナップが変わらない限り使い続けますが、NANAIROはシーズン毎、Batch no.毎にチョコレートを変えているからこそなんですよね。でも毎回情報量も多く読み応えもあるし、凄く丁寧に作られていますし、チョコレート以外のところでそこまで拘りを詰め込めるメーカーってそうそう無いですよね。あのプロファイリングカードに書かれているテイスティングコメントも西森さんが考えているんですか?」
西森さん「基本的にテイスティングは、私含め社員3名で行っているんですが、最終的に文章にしているのは私です。やっぱりそれぞれ似たようなフレーバーを見つけるんですが、その表現が洋風だったり和風だったり、ボキャブラリーの違いで。
それを擦り合わせるために『分かりやすく、全体的なイメージを俳優さんに例えると誰?』とか聞いたりしています。例えばお客様にチョコレートを紹介するときに、何種類もあると自分の中でも味のイメージがぼんやりするじゃないですか。そんなときに俳優さんとかで覚えていたら、『あ、あの味だ!』って出てくるんですよ! 他にも動物で例えることもあれば、音楽で例えることもあります。」
ue_mon「はいはい! 僕も普段テイスティングしていて、特定の人物や映画のワンシーン、過去の情景が浮かぶことがあります! ちなみに最近はどんな俳優さんが浮かびましたか?」
西森さん「2022年春夏コレクションで発表予定のチョコレートでは、三國連太郎さんが出ましたね(笑)」
ue_mon「また、渋いところきましたね!」
西森さん「あ、でも『釣りバカ日誌』のスーさんじゃないですよ(笑)もっと若いころの三國連太郎さんです!」
ue_mon「かなりの色男ですね! これは次のコレクションが楽しみです。僕もNANAIROのチョコレートをテイスティングするときは凄く詩的、或いは情緒的な表現だなと感じることが多いです。」
ue_mon「ところで、NANAIROではカカオ豆も専門商社を経由せず、自社で輸入することがあると伺っていますが、中々日本のクラフトチョコレートメーカーの中では珍しいですよね?」
西森さん「それは元々チョコレート作りを始めたとき、カカオ豆専門の商社の存在を知らなくて。それで自分たちで産地からカカオ豆を輸入するものなんだろうと思っていたんです。
そして、その当時たまたま知り合った人がカカオ農家を紹介してくれて、自分たちで直接やり取りをして輸入を進めていました。どうやら通関(税関官署に輸入品について事前申告したり、関税や消費税を納める業務)と言うのがあると分かり、当時、通関業者(輸入者に代わって通関業務を行う会社)の存在も知らなかったので、全て自分たちで調べて神戸にある税関職員に教えてもらいながら進めていました。」
ue_mon「特に植物検疫(日本の農作物や森林に対して影響をもたらす病害虫の侵入を防ぐための検査)のあるカカオ豆の輸入手続きって凄く煩雑な業務ですが、自分たちでやるって凄いですね(笑)」
西森さん「自分たちで3回ほど通関手続きを行いましたが、一回の輸入量が1tを超えたときに、さすがに通関業者に依頼するようになりました。」
ue_mon「船便のコンテナで輸入すると港に到着後、引き取り期限を過ぎると遅延金も発生しますし、業者に委託した方が楽ですよね。」
西森さん「そう。その当時は500kgぐらいの輸入量でしたが、港にコンテナが到着したと連絡が入ったら、すぐに車で行ってカカオ豆の入った麻袋を積んで、ピストン輸送で何度も往復していました。カカオ豆の輸入ってこんなに大変なんだと思っていたら、後から全部やってくれる業者がいると分かって、凄く感動しました(笑)」
ue_mon「NANAIROはオリジナルのクーベルチュールの製造も行っていますが、主にどういった方々が購入しているのでしょうか?」
西森さん「地元のパティスリーを中心に、購入頂いています。」
ue_mon「普通、クーベルチュールと言うと味わいの安定性が求められると思うんですが、NANAIROはシーズン毎にカカオ豆も変われば、味わいも変わりますよね? それは問題無いのでしょうか?」
西森さん「やっぱり最初は全く受け入れられなかったですね。でも、徐々に受け入れてくれるところも増えてきて、今ではでき上がったクーベルチュールに合わせて商品を変えてくださるところもあって。でも、自分たちの自己満足になってはいけないので、購入して下さったお店が扱いやすくなる様に工夫はしています。」
ue_mon「NANAIROのチョコレートは特徴的な部分も多いので、市販のクーベルチュールと差別化もし易いかもしれませんね。」
西森さん「私たちのチョコレートは酸味と苦味と渋味でできていると思っているので、プロファイリングカードにもテイストの折れ線グラフを載せていますが、そこにあえて甘味は記載していません。やっぱり食べやすさを求めるチョコレートよりも、奥深さを求めるチョコレートであって欲しいので、重さや力強さはある程度欠かせないですね。」
ue_mon「なるほど! 食べやすいだけで味わいがスカスカなチョコレートもありますが、逆に苦渋いだけで香りがあまりない場合もありますね。でも、NANAIROはいつもテイストと香りのバランスに優れている印象です。使っている砂糖にもこだわりがありますか?」
西森さんこれまで色々な種類の砂糖を試してきて、実際に全部種類が違う砂糖を使ってコレクションを発表したこともありました。でも、やっぱり主張の強い黒糖等の砂糖は扱いづらくて、チョコレートにしたときにどうしてもカカオを抑えて砂糖が前に出てきてしまうんですね。逆に甜菜糖は味気がなさ過ぎて私たちが求める味わいになりませんでした。それで結果的に奄美大島産のきび砂糖が一番しっくりくることが分かって、それからはずっと使い続けています。」
ue_mon「もう一つNANAIROの人気商品と言えばホワイトチョコレートだと思うんですが、NANAIROのホワイトチョコレートは和菓子で言うところのお干菓子の様なホロっとした独特の口溶けがありますよね? あの口溶けのホワイトチョコレートはどのようにして生まれたんですか?」
西森さん「あまりがっかりしないでくださいね(笑)。実はメランジャーがダークチョコレート用に一基しか無いので、ホワイトチョコレートを作る際に使えないんです! 本来はホワイトチョコレートもメランジャーにかけて滑らかにするところなんですが、カカオ豆からカカオバターを絞る圧搾機を置いたら、ホワイトチョコレート用にもう一基メランジャーを置くスペースが無くなって…。
それでカカオの香りが残った自家製のナチュラルなカカオバターに、全粉乳と、砂糖の中でも一番粒子が細かく均一に混ざりやすい粉糖を加えて、手で混ぜ合わせて作ったところ、あの独特な口溶けになって。それが今はお客様にご好評頂いています。」
ue_mon「そんな事情も重なって生まれたんですね!」
西森さん「私たちはホワイトチョコレートを作る際に全粉乳を使用していますが、全粉乳は酸化が早くて、酸化すると特有の石鹸臭が出てくるんです。それが苦手なので、フレッシュなカカオバターだけでなく、フレッシュな全粉乳を使うようにしています。また、私たちのホワイトチョコレートは全粉乳と粉糖の二つの粉をカカオバターでコーティングして固めたものになるので、それぞれ素材の配合も通常のホワイトチョコレートと異なっていて、他の配合では今のホワイトチョコレートの口溶けにはならないんです。」
ue_mon「それでは最後に、今後やっていきたいことかありますか?」
西森さん「事業としてはもっとスタッフのやりたいことを拾って実現していきたくて、例えば今カフェで提供しているケーキはパティスリーにお願いして作って頂いているんですが、自分たちで焼き菓子とかカフェメニューを作れるようになりたいとか。でも、私がやりたいことは別で…」
ue_mon「西森さんのやりたいことはなんでしょう?」
西森さん「私はひたすらにタブレットを作っていきたくて、使ってみたい産地のカカオ豆も沢山あるんですが、今はタブレットだけで収益を上げるのは中々難しくて…でも、例えばチョコレート単体で食べるタブレットと、マリアージュ専用のタブレットのラインを分けたりとかしたいんですよね。同じカカオ豆を使っていてもレシピを変えて紅茶専用のタブレットとか、日本酒専用のタブレットを作るとか。やっぱりチョコレートとのマリアージュで広がる世界もありますし、私はそういうところをもっと深堀していきたいっていう思いはあります!」
西森さんがカカオと出会って起こした奇跡は、日本のチョコレートづくり、ひいてはモノづくりに置いて大きなインパクトを残し続けています。チョコレートが持つ物語性は、とても奥深いです。多くの文化を生み、人と人とがつながって起こる美味しさの連鎖反応は、背景を知れば知るほど、愛着がわきます。
次回はそんな「La chocolaterie NANAIRO」のチョコレートをいよいよテイスティング。お楽しみに。
About Shop
La chocolaterie NANAIRO
島根県出雲市坂田1934
営業時間:10:00~19:00
定休日:水曜日
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