都心から少し離れた町。学生やファミリーが多く住む東小金井に今年、新しくパティスリー&ブーランジェリーのお店ができました。朝早くから小さな子供連れや、おばあちゃん、ダンディーなおじさまなど様々な人が並び、こぢんまりとした店内には、焼き立ての小麦とバターの香りが。
既に地域の生活に溶け込んでいるこのお店の名前は「Les Alternatives (アルタナティブ)」。古屋夫妻がそれぞれスイーツと、パンを担当しています。
今回は、「アルカション」でスーシェフを務めたのち、「パリ・セヴェイユ」やフランスの「オ・シャン・デュ・コック」で研鑽を深めた古屋健太郎シェフに、お店のコンセプトやこれまでの経験からインスピレーションを受けたプチガトーについて伺いました。東小金井の新しい憩いの場となりつつある「Les Alternatives (アルタナティブ)」の魅力をたっぷりとお伝えします。
フランスの町を思わせるお洒落な「Les Alternatives (アルタナティブ)」。店内に入ると、スタッフとお客さんとの会話が盛んです。その景色には、スタッフの気張りすぎず住人の暮らしに寄り添おうとする温かさが見受けられます。
古屋シェフ「東小金井には、子育てをしている人が多く、僕たちと同世代や少し若い世代が暮らしています。店を出すなら都心からちょっと離れていて、暮らす人が多い町と決めていましたから、理想の場所ですね」
そう考えるようになったきっかけはフランス・ベルサイユでの体験が影響しているそう。日本とベルサイユを3か月おきに行き来していた修業時代。その時に強く感じたのが食を取り巻く文化の違いです。
古屋シェフ「日本では、ケーキは少し特別な日というイメージがありますが、フランスでは、日常的にパンとお菓子を一緒に買う人が多いです。休日になると午前中にお店へ行って、お昼に公園で家族とピクニックを楽しんでいたり。僕がコックコートを着て町を歩いていると、声を掛けられたりするんです。そういう、食を通した人とのコミュニケーションが凄く良いなって思いました」
お店がオープンしてから半年が過ぎ“この地で僕たちも一緒に成長できたら”と強く思うようになったそう。いろいろな目的をもったお客さんが商品を選ぶ姿を見ていると、既に「Les Alternatives (アルタナティブ)」がなかった半年前を想像し難く感じます。
そんな「Les Alternatives (アルタナティブ)」のチョコレートケーキ「forêt-noire(フォレノワール)」は、9年の修業期間を過ごした「アルカション」(南大泉)へのリスペクトから作られたケーキ。ほのかなキルシュの風味と、素材がもつ異なる酸味がパランスの取れた大人のチョコレートケーキです。
古屋シェフ「『アルカション』では基礎から学んだので、その辺はどのケーキにも色濃く映し出されていると思います。
「forêt-noire(フォレノワール)」は僕が修業時代に初めて作って、お店で販売してもらったケーキ。ここでは今の僕の好みを反映させて、甘さを控え、お酒の量や全体の香りをリアレンジしました」
プチガトー全体を包むビターチョコレートは、紙のように薄くしっとりとしています。クリームからは口に入れるとほのかに感じるキルシュの風味が。クリーミーな舌触りに、果肉感のあるチェリーソースとカカオ豆の甘酸っぱさが混ざり合い、アルコール特有のとげをまろやかにしています。
フォークの上で8つのパーツが組み合わさってできる複雑多様な味わい。その味と変化を何度も確かめたくなる美味しさです。
古屋シェフのパティシエ経歴で大きな影響を与えたもう一つのお店が「パリ・セヴェイユ」(自由が丘)。基本と伝統を守りながら、食べた時のサプライズを忘れない革新性で、パティシエをも魅了する名店です。そんなオリジナリティを忘れないこのお店で古屋シェフが学んだのは、“香りのもつパワー”。
古屋シェフ「『Banon(バノン)』は香りを主役に作りました。ラベンダー風味のはちみつムース。その中はカシスのムースです。シンプルにパーツを2つにしたのは、香りを率直に伝えるため。『パリ・セヴェイユ』の金子シェフから学び、僕なりに体感したことを落とし込めたと思います。
香りを主役にした『Banon(バノン)』だからこそ、その後味にも凄く気を使いました。
すべて食べきったとき、香りと一緒に甘ささえ消えてしまうくらいが理想で。砂糖のような直接的な甘さはできるだけ排除しました。
口の中に残る味よりも、感動した記憶が残るほうが僕自身、美学的なものを感じるんです」
繊細な印象を持つ真っ白な姿の『Banon(バノン)』。口に運んだ瞬間にラベンダーの女性的なアロマの香りが。カシスのムースは爽やかで、ムースのテクスチャと合わさることで角の取れたヨーグルトのような酸味がバランスをとります。
ところで「Les Alternatives (アルタナティブ)」という店名は、音楽のジャンル“オルタナティブ”から来ているそう。1970年代から世界的広がりをみせたロックジャンルのひとつ。産業ロックに対抗する“新しいロック”です。
古屋シェフ「考えとしては、新しいものにチェレンジする心。
今まで僕がお世話になった『アルカション』や『パリ・セヴェイユ』はそれぞれ伝統とオリジナリティがある。
“じゃあ、僕は?”と考えた時に、“オルタナティブ”というジャンルでフランス菓子をやることで、それが個性になるんじゃないのかなって思いました。
これは何も、伝統に逆らうことではありません。むしろ、僕がいままで教わってきたことこそ伝統。伝統とは、教え、教わることで数珠つなぎになってゆくものだと考えています。そういう意味で、僕の挑戦もまたその一部だと思うと、歩みを止める気になんてなれませんよ。笑」
時々、店名がプレッシャーに感じることもあるという古屋シェフ。新しい挑戦が食べる人を置き去りにしないようバランスをとることもまた、難しさのひとつだそう。
古屋シェフ「そのケーキを見た時に、何が主役なのか一目で分かるというのは重要です。でも細部まで説明してしまうと、食べる人は今までの経験から味を決めてしまうんですね。『Mont blanc(モンブラン)』はそのバランスを視覚的にも表現できたと思います。
これが何のケーキか直ぐにわかるけど、筒型のモンブランってあまり見かけないでしょう?だからきっと、味にも仕掛けがあると直感的に察します。
この『Mont blanc(モンブラン)』はSNSでも凄く好評で、多くの人にとって『Les Alternatives (アルタナティブ)』を知ってもらうきっかけになったと思います」
濃厚なマロンクリームに合わせるのは、軽い口当たりのバニラクリーム。ボトムに敷かれたコーヒー風味のメレンゲはザクザクとした食感で、ほのかに感じる深い苦み。余計な酸味は加えず、調和のとれた甘さと苦みのみで成り立たせています。まるで腰を据えてどっしりと構える玄人のような貫禄を感じるプチガトーです。
誰も知らない無名なところから、ただ何かを表現したいという気持ちがあって始めた「Les Alternatives (アルタナティブ)」。オープンから半年以上たったいま、新商品への期待の高さをひしひしと感じているといいます。
古屋シェフ「“常に新しいもを”と考えていますし、それを口にだしています。宣言みたいな感じで。笑
『Les Alternatives (アルタナティブ)』という自分がつけた店名に恥じないよう、溢れる情報に溺れないよう、妥協のない商品を提供する。挑戦を続けるのみです」
取材中、スタッフにもお客さんにも同じように気さくな対応をする古屋シェフ。味はもちろんのこと、お店の雰囲気も「Les Alternatives (アルタナティブ)」という存在を特別にしています。 “この地で一緒に成長したい”と古屋シェフが東小金井に構えたお店は、これからもっと、地域の人たちにとってかけがえのない場所になりそうです。
About Shop
Les Alternatives (アルタナティブ)
東京都小金井市梶野町5丁目7−18
営業時間:10:30~18:30
定休日:月、火
園果わたげ
ウフ。編集スタッフ
ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。
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