お昼はお菓子屋さん、夜はビストロのお店としてが2021年10月、世田谷区豪徳寺エリアにオープンした「yerîte(イエット)」。“少しずつ前に進んでいます”という一文から始まったインスタグラムには、日を追うたびに朗らかでセンスの良い言葉と写真が追加されてゆきます。
オープン当初からカルチャー誌に何度となく取り上げられ、なんだかセンスのいい人が集まっている気配。お菓子にタイトルがついていたり、カフェではなくお菓子屋さんとしてお昼営業を行ったりと、今までありそうでなかった営業スタイルのお店です。
そんな「yerîte(イエット)」の定番&人気商品は“カヌレ”と“キャロットケーキ”。
今回は、店主でパティシエの藤井唯さんと、シェフの石飛輝久さんの2人で営む、ひと味ちがったお菓子屋さん「yerîte(イエット)」のできる前と、できてから。そして、お菓子の魅力を取材しました。
「お菓子屋さんと言えば、ショーケースに並ぶ鮮やかなお菓子を見て“これにしよう”って選ぶのが当たり前ですよね。でも、別の選択肢があってもいいだろうなって思ったんです。“なんかこの写真がいいな、この文章がいいな”っていう」
そう、言葉を紡いで話してくれたのはパティシエの藤井さん。店内には、藤井さんの言う通りショーケースはありません。代わりとなるのが、壁に掛けられた大きな写真です。その光景や、漂う雰囲気はまるでサロンのように穏やかで、自由。こうしたお店を通して感じる雰囲気は店名にも表現されています。
藤井さん「『yerîte(イエット)』は、フランス語の“Foyer(団らん・家族)”と“Boite(箱)”を組み合わせた造語です。お家で食べるときのように団らんを楽しむお店という意味の箱。そして、お菓子を送るときに詰める箱の意味を込めました。お家で食べる幸せを感じていただけたらと思います」
“ちょっと寄り添えるようなお菓子を作りたい”というイメージがあった藤井さんの考えはお店の軸となっているようです。お店のロゴに使用された癖のある“e”は、フランスで働いていた時の友人が執筆した文字をデザインの一部として使用。作るお菓子に付けるタイトルも彼女の体験がインスピレーションになっているのだとか。こうした、小さな遊び心から彼女の“寄り添う気持ち”が伺えます。
そして、パティシエの藤井唯さんとシェフの石飛輝久さんが作る料理や、お菓子はどれも絶品で腕前は確か。実は2人とも、それぞれフランスの星付きレストランで働いていた経験があるそうです。
藤井さん「私は、フランス北西部ブルターニュ地方にある『La Marine(ラ・マリーヌ)』と、南フランスのニーム地方にある『Jérôme Nutile(ジュロム・ヌティル)』でレストランパティシエとして働いていました。帰国後は、個人事業として東京で出張料理を立ち上げました。その時の名前が今の店名になっています。お店を持つことは私の夢でしたから」
実はいままで、パティスリーで働いたことがないという藤井さん。
そのため、既に作り終えたものを並べて出すよりも、レストランがもつスピード感や、出来立てを提供するライブ感が好き。だから、“やるならレストランのパティシエ。お店を出すならお菓子を作る人間として働こう”と決めていたそう。
意志の強さと自分を分析し明確な将来設計をする彼女が作ったお店は描いていた夢の実現だったのですね。
そして、2つの顔を持つお店に欠かせないのが、夜のビストロを担当するシェフの石飛さん。彼が修行へ行ったのはフランス南東部サヴォア地方にある2つ星レストラン「Les Morainières(レ・モレニエール)」。石飛さん自ら“超田舎”という土地になぜ?
石飛さん「僕がいた村には最寄り駅がありませんでした。あるのはブドウ畑と協会がちらほら。旅行者はみんなレストランだけのために来るって感じでしたね。笑
ただ、フランスに行こうって思ったとき、日本人とは絶対に働かないって決めていたんです。そんな僕にとっては最高の場所でした。僕自身、出身が島根県で地方の生活に慣れていましたし、そういうところの方が国土や文化を色濃く学べたりするんです。」
“どうせなら極端なことをしたほうが面白い”と笑顔を見せる石飛さん。
彼の作る料理はどれもナチュラルで、その土地で取れた素材を活かしたものばかりです。
石飛さん「野菜自体の色や食感ってとても豊かで美味しいんです。だから、余計なことはしない。そういうスタイルの料理が自分も好きですし、あっているなと感じます」
飾らず、等身大で接してくれる2人の考え方は、料理に、お菓子に、空間にしっかりと溶けて融和されています。
「yerîte(イエット)」のお菓子それぞれにタイトルがあるのは、藤井さんの“人を想ってお菓子を作りたい”とうい考えからだそうです。
藤井さん「私はお菓子作りを作業にしたくないって気持ちがあって。どんな人が、どんな時に食べるんだろうって、友人や家族のことを考えながら作ります。だから、作品にテーマを持たせているのも私にとっては普遍性を持たせるための大事なお菓子作りの一部です」
テーマがあるということは、もちろんストーリーがあります。定番商品の「つむカヌレ」にも。
藤井さん「旧友につむぎくんっていう息子が生まれたんです。あだ名は“つむちゃん”。つむちゃんがカヌレを積んで遊ぶ姿を想像したらかわいいな。愛おしいなと感じて。そのイメージで出来たのが『つむカヌレ』です。だから積みやすいように、うちのカヌレには強度があります。自分の好みというのもありますが。笑 ガリっと重めの食感です。」
食べると、カヌレではなかなか味わえない硬さに驚きつつも病みつきになる食感です。この硬さを出すために、銅型を使用し、蜜蝋で生地を覆っているのだとか。芳ばしく焼き上げられた外側に対し、内側はむにゅっとやわらかく。ラム酒はあまりきかせすぎず3歳くらいでも美味しく食べられる味に仕上げているそうです。
店内を見渡すとつむちゃんの絵や写真がお店の壁に飾られています。
カヌレをひと口食べるたびに、一度も会ったことのないつむちゃんを身近に感じて思わず笑顔に。人を想い、友人を想い、作られたお菓子や空間は、目に見えない大切なものをしっかりと紡いでいるのだと伝わります。
そして、もうひとつ人気のお菓子が「キャロットケーキ」です。
藤井さん「実は、『キャロットケーキ』にはタイトルがないんです。単純にレストランらしい焼き菓子を作りたいなと思い立ってメニューに入れました。そうしたら思いのほか反響をいただいて。笑」
そう、はにかみながら語る藤井さん。しかしレストランで長年勤めた経験からかキャロットケーキ作りに余念がないのは作り方を聞いて感じます。
藤井さん「シェフにアドバイスをもらいながら作るキャロットケーキは、オリーブオイルと塩をしたニンジンを丸ごと90分くらい焼きます。その後、凝縮したニンジンをピューレにして生地に混ぜ込んでいます」
食べると、まずクリームチーズの酸味がきゅっと引き締めて、その後ニンジンの優しい甘さが広がります。この甘酸っぱさがたまらない!
スパイスは程よく、しっとりとした生地に炒ったクルミの食感が調子よく口の中ではねて、ライトな食べ応えです。
お手軽なイートスペースとしてお客さんを案内しているというソファの上には、これまでにお店が取り上げられた雑誌が。ペラペラとページをめくるとお菓子と共にさまざまな料理の写真が掲載されています。
石飛さん「夜のビストロでは旬の食材を使ったアラカルトと予約でコース料理をお出ししています。夜はお店の雰囲気も変わってお客様が談笑しつつ、くつろいでいる姿は“団らん”を体現しているようで、僕らも嬉しく感じます。おすすめなので是非どうぞ」
夜もお菓子を提供しているそうで、食後のデザートや持ち帰りを頼まれる人も多いんだとか。
人が一番幸福感で満たされるのは美味しい料理でお腹がいっぱいになったとき。食後、腹八分目で食べる甘いデザートとオリジナルブレンドのハーブティーなんて、想像しただけで幸せを感じます。
みなさんも、「yerîte(イエット)」の2つの顔を楽しみに来てはいかがでしょうか。
About Shop
yerite (イエット)
東京都世田谷区赤堤1丁目8−18
営業時間:12:00~16:00(お菓子屋さん)/17:00~21:00(ビストロ)
定休日:月曜日、火曜日※不定休
インスタグラム:@yerite__
園果わたげ
ウフ。編集スタッフ
ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。
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