古き良き日本の喫茶特集も終盤に。今回は現代日本への問題提起も含めながら記事を書いていきたいと思います。
「古き良き」という言葉。日本において一つの潮流となっているレトロブーム。ただし、その裏側では多くの「古き良き」がなくなっていく現実を考えなければならない。広く言えば日本における伝統文化や工芸など、“技術”を継承する職人はもちろん、地方では農家や水産業など。それらすべては「過疎化」という問題に加えて「後継者不足」という問題点。その流れが日本の喫茶店においても起きているのをご存知でしょうか? 今回、舞台となるのは神奈川県横浜市鶴見区にある創業48年「珈琲専門店山百合」。
このお店を経営するマスターとママを“ひょん”なことから支えようと決意したのは、弱冠25歳の女性。その理由と、想像を絶する壁を乗り越えようとする若き店主の姿を取材してきました。後継者不足という問題だけではなく、多くの人の支えを必要とするその現実も、この記事を読んでいる皆さんにぜひ知って欲しいと感じています。
本題に入る前に、まずは創業48年「珈琲専門店山百合」の紹介をしていきます。京急鶴見から徒歩1分、JR鶴見駅からは5分ほどの立地。店名の「山百合」にはマスターがもともと花屋を営んでいたことや神奈川県の県花である「山百合」の意味が込められています。
創業は1975年。25席ほどの小さなお店です。こだわりが強くまっすぐな性格のマスターと、誰に対しても優しく丁寧なママさんが営むこのお店は、多くの地元の方に愛されてきたんだとか。
創業当時は、珈琲と軽食のみのメニューだったそう。お店の周辺に会社が増えたことをきっかけに、「来てくれるお客様が、山百合のおいしいご飯で、みんなお腹いっぱいになってほしい」という願いから、パスタやご飯ものなどのお食事メニューが登場したそうです。ナポリタンは、後ほど紹介する2代目店主が日本ナポリタン学会から認定を受けるほど。
またその店名の「珈琲専門店」にある通り、コーヒーの淹れ方にもこだわったマスターの思い入れがつまったお店です。サイフォン式で淹れてくれる珈琲を飲みに来る常連さんが後を絶ちません。
マスターの後を継ぐかのように、このお店を支えているのが2代目店主である慶野未来(けいのみく)さん。もともと小学校の教員をしていながら、突然この世界へ飛び込むことに。
そんな慶野さんが珈琲の美味しさを楽しめるスイーツを紹介してくれました。まず初めに、このお店で最も人気があるのはプリンと伺うも、イチオシとして彼女から提案されたのがこの「ティラミス」。
手づくりのティラミスは、口に含んだ瞬間まろやかなマスカルポーネのチーズがコクがあり、たまらないほどおいしい。実はこちらは慶野さんが考えたメニューで、常連さんはみんなティラミスが好きで通うほどなんだとか。この濃厚かつクリーミーな味わいは、こだわって淹れた珈琲と交互にいただくと、より一層美味しく感じます。
そして続いて紹介するのは、創業当初からあるコーヒーゼリー。+50円でラム酒がつくという、珍しいコーヒーゼリーです。ゼリーの上にはバニラアイスが。
しっかりコーヒーの苦みやコク、キレを反映していて、クリーミーなアイスと凄く合います。かわいらしい持ち手付きの器に入って、まるでコーヒーを飲むかのようにいただけるのも〇。
スイーツも十分素晴らしいクオリティで、近所にあれば通ってしまいそうなほど。そんなお店が一時期閉鎖してしまい。閉店の危機に。そんな時に“すい星のごとく”現れた慶野さん。少し乱暴の表記をする「縁もゆかりもないこの場所でなぜ?」。慶野さんに話を聞きました。
Q.なぜ、どこでこの山百合と出会ったのでしょうか?
慶野さん「もともとは小学校の教員でした。教員をやめて、英語を勉強したいことから貯金をして、いとこが住んでいたカナダへ行く予定だったんです。ちょうどコロナの感染者が上がったり下がったりの時期で、行こうと思った留学も前に進まず。そんなタイミングで、知り合いから『今暇でしょ? 喫茶店好きだったよね? 後継ぎを探している店があって、会ってみる?』と言われたのがきっかけでした。そのお店が山百合でした。
Q.喫茶店は元から好きだったんですか?
慶野さん「はい。幼少期から地元に喫茶店があって、このお店も0歳から90歳まで、年齢問わずにふらっと入れるような喫茶店があって。中学生時代もそういう古い喫茶店があって、友達とご飯を食べたりお茶をしていました。
喫茶店は、どのお店も個性的で似たお店がほとんどないところに魅力を感じていました。その後は様々な喫茶店に足を運び、ママさんやマスターさんとお話している時間が本当に楽しかったんです。ぼーっとしているだけでいい空間。家族といる自分、学校にいる自分、人それぞれ変わる部分があるけれど、喫茶店ではありのまま自分でいいんだと感じていました。」
Q.話は戻りますが、どうしてこのお店の2代目になろうと思ったのでしょうか?
慶野さん「その後、紹介いただいて実際に会いに行きました。その時はとりあえず1回会って、その場で断ろうと思っていました。それに実は山百合がある鶴見は、行ったこともなく駅を降りたこともなかったんです。
そして初めてこのお店に入った瞬間に“なんて素敵なお店なんだろう”と感動してしまい……。一目惚れのような感覚です。
マスターとママが突然お店辞める形になって悔んでいるという話になり、2年間も後継者を探しても見つからず。マスターとママの話を聞いていると、感情的になってしまい、その場で“やります”と言ってしまったんです(笑)。そのことを親に話したら当たり前のように、猛反対。
あまりにも急な話、そして思いもよらないお店を継ぐという話だったので『留学は?』『やりたいことがあるのに喫茶でいいのか』と言われてしまい。私も頑固であまのじゃくなタイプだったので、できないよと言われると燃えてしまい“お金があれば、あとは努力でできるのかな”と思って考えを曲げませんでした。
大変だったのが、お金です。自己資金は、留学のために貯金をしていたものがありましたが、税金関係を全納したばかりで30万円しかなく。融資を受けるのも、最低100万円はないとダメだといわれてしまいました。そこで『嫁入り資金いらないから、今使わせてください』と両親に話すと何度もぶつかり合い……。最終的には父が折れて。母は家が和菓子屋だったので、凄く心配してくれました。
私の挑戦は、クラウドファンディングもスタートし、順風満帆に見えたのか、外野からパトロンがいるとかパパ活とか、言われたこともありました。でもこうやって紆余曲折を経て100万円をかき集めてスタートしました。」
慶野さん「その後は、マスターがこだわっているサイフォン式コーヒーの特訓が毎日続きました。マスターのファンからはまずいから来ないと言われ、マスターには『馬の小便みたいだ』と厳しい言葉をもらい……。もともと料理をしない・できない私だったので。もう本当にほっこりエピソードが1個もないんですよ。
サイフォン式コーヒーはマスターが一番美味しいというほど、こだわりなんです。マスターやママの想いをしっかり引き継ぎたいと思っているので、私も受け継ぐ形でこだわって淹れています。湿度、天気や豆の状態で味が変わりやすくて何杯入れたんだろうと思うぐらい練習しました。飲みすぎて、歯が黄色くなりましたね(笑)。今ではお客さんから美味しいよと言われるようになりました。
自信なく出すと自信ないものに見えてしまう。“誰だって初めてだわ!”と思って、開き直るようになってから自信がついてきて頑張れるようになりました。」
慶野さん「今このお店を続けてこれているのは、ずっと憧れだった『東京喫茶店研究所二代目所長』をされている難波さんの存在も大きかったです。難波さんが監修のデパートの催事場のイベントで、ずっと大好きだった神保町の有名店『さぼうる』の皆さんに会う機会がありました。そこから都立家政「つるや」さんや神保町「トロワバグ」さんなど、色々な喫茶店の店主の方々にも会うことができ、自分自身にとって大きな自信になるきっかけにもなりました。
難波さんも実際お店にも来てくださって。学生時代からずっと難波さんを追っかけていて、難波さんが紹介するお店に行っていたのでそんな方が来てくださるのは本当に嬉しいことでした。今まで“私なんかが受け継いで良かったのか”と自信がなかったんです。」
Q.これからは慶野さんはどんな目標を持って、山百合を発信していきたいですか?
慶野さん「まずは、山百合を安定させたいです。実際にクラウドファンディングを先月から始めて、目標をクリアしましたがまだまだ足りない現実があります。お店をやってみて、古いお店には想像もつかないような課題が山積みなんです。
ボロボロになったクーラーもそう。古すぎて、一般家庭のように買い替えればいいような状態ではないし、お店の構造が古すぎて、直さなければいけない部分が多いことと、その費用は想像以上に莫大にかかってきます。日々の利益だけだと、そういう修復に手をつけることができず、それで日本の喫茶店はどんどんなくなっていると気づいたんです。
山百合のクラファンの準備中に、壁が崩落して続けられなくなったとか、知っている老舗が閉店したり、そういう話が次々耳に入り、現実を知りました。現時点で何にもできないけれど、今後は他の喫茶店も残せるようにしたい。勝手な野望ですが、閉店するお店を集約して、働きたい人や喫茶が好きな人など、色々な人でマッチングして、助け合って大好きな喫茶店を残していけないかと思っています。
その意味で、山百合は一つの喫茶店を引き継いだモデルとなればいいなと思っています。私のようにお金がなくて、縁もゆかりもなかった第三者の立場でもやれる。私なんて始める最低条件だと思います(笑)。 もっと喫茶継業のハードルを低くできたら。」
編集後記:一生懸命毎日を駆け抜ける慶野さん。まだ“現在進行中”の挑戦を始めたばかりの彼女。そんな若い子の挑戦を、この国がもっと応援できれば。そう感じて、何かできないか、少しでもプラスになればとこの記事を執筆しました。縁もゆかりもなかった彼女同様に、私たちも縁もゆかりもない彼女とそして山百合さんと。そのために少し何かしてあげてもいいのではないでしょうか? 日本の文化はみんなで守る、そんな共通認識のためにもぜひお店に足を運んだり、クラウドファンディングもぜひ応援して欲しい。
About Shop
珈琲専門店 山百合
神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央4丁目21−12
営業時間:11:00~18:00
定休日:なし
取材・文/坂井勇太朗(編集長)
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