栗が恋しくなる、この季節。取材のロケ地として訪れたのは現在会員の募集を休止中で、代々木上原にある完全会員制「和栗や Mont Blanc STYLE(モンブランスタイル)」。東京都渋谷区代々木公園のほど近くにあり、中はまるでお寿司屋さんをイメージさせるカウンタースタイル。
そんなお店でいただける絞りたてのモンブランは、香りや味わいは別格。人気が沸騰し2021年から完全会員制に。会員数も増えてしまい現在は、その募集も停止中。会員に連れて行ってもらわない限り行けないお店となっています。
前回の記事で、一年を通してモンブランを食べることができる本店である「和栗や」を取材。そのオーナーである竿代信也さんを主人公に、今回は彼が伝えたい和栗が持つ繊細さと本当の美味しさ、そしてなぜそこまで栗に熱い想いを打ち込むのか、取材させていただきました。
Q1.もともとクリエイティブディレクターとして活躍されていた竿代さんが、茨城県笠間の栗と出会って、起業をされたと伺いました。その栗との出会いのきっかけ、またその時に竿代さんの心を動かすほどの衝撃はどんなものだったのか、詳しく教えてください。
竿代さん「その栗に出会うまでの話をすると、当時はクリエイティブディレクターとしてカタログをはじめ色々な仕事をしていました。宝石から毛皮にファッション、そして食材も扱い、商品企画そしてMD(マーチャンダイザー)もやっていたこともあり、幅広いかかわり方をしていました。その流れで、仕事の関係で紹介してもらったのが茨城の栗です。
茨城県民でも当時、日本一の産地だと知る方は少なく、ゴルフへ行けばそこら中に栗がなっているよね、というレベルでした。そして日本一の産地にもかかわらず、茨城には栗を使った銘菓なども特にありませんでした。
そこでいただいたこの栗が、衝撃的なほど美味しかった。和栗の一番の特徴である、風味が別物。仕事の関係で九州、四国をはじめとした様々な産地の栗を食べていましたが、栗ってこんなものだよねそんな食経験が、思わずひっくり返えされた瞬間でした。」
竿代さん「栗の本当の美味しさに出会い、そこで気づいたのが世の中に風味を最大限活かすような、鮮度を考えた栗のケーキがなかったこと。ケーキ屋さんの仕組みでは、鮮度のあるモンブランを出すことが難しいことを理解しました。私自身、それまでモンブランが苦手であった理由もそこに繋がることも。こんなに素晴らしい栗、原材料があるのに、なぜその良さを生かせないんだろうと。
凄く“もったいない”と感じ、私は当時クリエイターだったので、“いいものを見つけたらプロデュースしてみたい”という意識が強く、栗もその一つでした。最初はその程度の温度感だったかもしれません。でも、本当に美味しい栗に出会い、地元の方を巻き込んで世に広めたい、そこは純粋な思いだったんです。」
Q. 「栗の匠」である「小田喜商店」の小田喜保彦さんと出会い、栗の研究をその後はじめたと伺いました。そこから栗の研究はどのようなものだったのでしょうか? その時に専門店を開くなど、ビジネスプランや設計はどのように描いていたのでしょうか?
竿代さん「2010年に、笠間に『株式会社 和栗や』を立ち上げましたが、前の会社の役員もしていたので、暫くは2足のわらじでやっていました。2年目には笠間に小さなお店を作る計画があったのですが、そこで遭遇したのが東日本大震災と原発事故です。話にのってくださった地元の多くの方たち、お菓子屋さん、乳業メーカーといった仲間たちが大打撃を受けてしまった。栗はまだ葉っぱもついていない状況でした。
そこで仲間達からは「残念だけどこのプロジェクトはもう無理」、「ストップだな」と言われ、どこにぶつけていいかわからない悔しさがこみあげてきました。東京の生活は震災から早くも日常に戻っていたこともあり“東京で全責任を持って私がやります”と関係者を説得、前職をやめてお店を作ったのが2011年。それが谷中の『和栗や』本店でした」
Q.繊細である栗の香り、食感。その持ち味を表現するまでに、どうやってこの美味しさにたどり着いたのか、詳しく教えてください。
竿代さん「料理人さん、パティシエさんは技術があるのでそれをどうしても駆使しようとしますが、栗はいじればいじるほど美味しくなくなる。
“本当の意味で食材を活かす”そのことを常に考えています。やはり日本人と栗を考えたときに、日本人のDNAに刻まれた“これこそ栗”という感覚があると思っています。例えば、美味しい栗を食べたときに『美味しい!?』という言葉よりも先に『栗だ!』という言葉が出てくる。どこかこう、日本人のルーツとして刻まれているのではないかな、と思うんです。」
Q.モンブランに着目、こだわっている理由を教えてください。
竿代さん「岐阜には名物として栗きんとんがあります。長野県の栗の町である小布施には栗餡があって、それぞれ代表的なお菓子として売っているのをみなさんも認知していますよね。
同じ物を作って追いつくことができるか、いや積み重ねた歴史には叶わないと思いました。
そこで考えたのが“モンブラン”。モンブランであれば、栗好きだけでなく、スイーツ好きにも間口が広げられる。そして当時は「モンブランといえばここ」というような有名な地域も無かったので。
私が出会って感動した小田喜商店さんの美味しい栗を使っているお店は沢山ありますが、この本当の味をもっと生かすにはどうすればいいか、このことをずっと考えていました。
先ほどもお話した通り、栗は何よりも鮮度が大事。持ち帰る「ケーキ」としては栗の本当の美味しさを生かすことができない。だったら“持ち帰らないデザートスタイルのモンブラン”にしたらどうか、というところからスタートをしました。」
Q.自社農園を持とうと思ったきっかけを教えてください。
竿代さん「2つ理由があります。一番は原料を安定的に確保すること。高齢化が進んでいて、栗を本気で栽培している方々の年齢のほとんどが70歳前後。専門店として10年、20年後やっていく時に、栗が手に入らなくなるのではないかと危機感を持ちました。
またもう一つは『人丸』という品種の栗と出会ったのがきっかけです。沢山の品種を食べ比べた中で『最高のモンブランが出来る!』そう感じたのがこの『人丸』です。『人丸』は小粒なため市場で評価がされなかった。市場で評価されない栗は、農家さんは進んで栽培しない。たとえ美味しい栗であっても。“だったら自分で作ろう”そう思い、現在は笠間に約5ヘクタールの農園を持ち、自然栽培で育てています。農薬、肥料は一切使用せず、山で自生するような環境に近づけて。」
Q.自社農園と、本店の運営。そして「和栗や Mont Blanc STYLE」での手仕事。生活はかなりハードかと思います。そんな日々のモチベーションの原動力はどこからわいてきますか?
竿代さん「今は農業に主軸をおき、東京には週末のみ会員様だけにモンブランを絞りに行くという生活スタイルです。現代はお金を出せば、様々な美味しいものが手に入ります。でも、そういう表面的な美味しさではなく、もっと“人の心を動かす美味しさ”や“食べ物に対する新たな価値観”を多くのお客様、スタッフや関係者と共有したい。そんな想いが強いんです。」
どうやったら作り立ての意味、本質をもっとわかりやすく世の中に伝えられるか? 行き着いた先が『お寿司屋』さんのカウンターでした。目の前で握ってもらい、出されたらすぐ食べる。このお寿司屋さんスタイルでモンブランを提供すれば今までの常識(モンブラン=持ち帰れるケーキ)を変えることができる。
そんな思いからMont Blanc STYLE(モンブランの新しい形)という店名をつけさせていただきました。モンブランを絞り、それを食べるだけの空間は、知り合いのお寿司屋さんを参考にし、設計も内装デザインも全て自ら行いました。全てはモンブランのために。
栗はよく鮮魚と同じだと表現されます。実はとても繊細で温度管理や扱い方が本当に難しい。どんなに新鮮な魚でも、扱いに慣れてない方ではその魚の良さを引き出すことはできません。それと同じ。
今は様々な専門店が乱立、一つのジャンルしか出さなければ専門店を誰でも名乗ることができる反面、そのジャンルを極めているお店がどれほどあるのか? 疑問に感じることが多々あります。私は専門店を名乗る以上、そのジャンルについては常に勉強をし、深い知識を身につけている必要があると考えています。
ここ数年、絞りたてモンブランのお店が増えました。『映え』を意識した演出、アルバイトでも作れるような、ビジネス・オペレーション設計が世の中のニーズにうまくハマりました。絞りたてのお店が増えたこと自体は喜ばしいことで、今までの常識を変えることができたという一つの達成感があります。でも、最近は絞りたてなのに、ケーキと同様に持ち帰れるお店がほとんどで、本来の絞りたてにする意味はどこへ?
オマージュは構いません、でもオマージュするならば本質の部分をちゃんと理解し、そこを真似して欲しい。そうでなければ、ようやく切り開いたこの新しい常識が、ただの一過性のブームで終わってしまう、そんな危機感を今は抱いています。
Q.高齢化する農家、生産者の減少。弊社のメディアでは食の未来を考えるコンテンツを制作しています。この美味しさ、栗の持つ魅力を守ろうとする竿代さんの姿を感じますが、これから竿代さんが栗の未来、発信、アクション、何か考えていることがあればぜひお話をお聞かせください。
竿代さん「栗を使ったお菓子、加工品で儲けている会社は沢山あります。一方、栽培、農業にはなかなか光が当たらず、高齢化しどんどん難しい世界になっていっています。どうしたら日本のいいものを残していけるか。日本の食が好きだし、これだけ素晴らしい食文化がある中で、どうしたら生産者も生き残っていけるのかずっと考えています。
私はこれから一生かけて栗と向き合っていきますが、それでも栗という一つのジャンルさえ極めることはきっと難しい。でもそもそもの目標は“日本にあるいい文化を次世代に繋げ、残していきたいという強い思い。自身ができることは限られていますが、この栗に対する取り組みをみて、違うジャンルの方に刺激を与えられるようなそんな存在になりたい、それが当面の目標です。」
About Shop
和栗や Mont Blanc STYLE
東京都渋谷区富ケ谷1丁目3−3
※現在会員の募集は停止中
About Shop
和栗や(谷中)本店
東京都台東区谷中3丁目9−14
営業時間:11:00~18:00(プレミアムモンブランの整理券配布は10時~)
定休日:月曜日(秋季、春季の繁忙期は休まず営業)
Photo/Tomohiro Takeshita Writing/Cream Taro(クリーム太朗)
注目記事