今、日本でも注目されているパン菓子があります。それは「シュトレン」。「シュトーレン」とも表記されるドイツで古くから食べられている伝統的なパン菓子。たっぷりのバターが入った生地に、ラム酒などの洋酒に漬けられたドライフルーツやナッツなどが練り込まれ、表面は粉砂糖がまぶされた真っ白な見た目が印象的です。その見た目から、諸説ありますがイエス・キリストが生誕した時に使われたおくるみや枕ともいわれています。
ここ数年、パンやお菓子好きの間でもクリスマスケーキに並ぶ“年末のご馳走”として、老若男女問わず注目を浴びています。今ではパン屋はもちろんパティスリーからホテルのブティック、コンビニエンスストアやスーパーでも販売されるように。多種多様化が進むシュトレンですが時代を超えて、今最も多くの人に愛され、また執筆している編集長である私も愛してやまないシュトレンが飛騨高山にあります。それは「トラン・ブルー」。今回、この超繁忙期の真っ只中に「トランブルー」のシェフをつとめる成瀬さんにお話を伺うことができました。
なぜシュトレンを始めたのか、また「トランブルー」のシュトレンはなぜこんなにも多くの人に愛され、そしてなぜこんなにも美味しいのか?
飛騨高山にある「トラン・ブルー」は、成瀬 正さんが立ち上げシェフをつとめるお店です。もともと創業は1912(大正元)年のパン製造会社「なるせ」の4代目。長年、学校給食の卸業を担ってきた「なるせ」は高山で絶大な知名度を誇るものの、成瀬さんは当初継ぐつもりがなかったという。なぜ継ごうと思ったのか、伺うと、学生時代にすでに70年も続いていたこのお店を“先代、そして先々代がどういう想い出繋いできたのか、そう考えると尊敬の念とその火を消したくない”そんな気持ちで胸があふれたんだとか。
“老舗であろう”と思うけれど、新しい風を吹き込ませなければいけない。それで「トラン・ブルー」を立ち上げたそうです。トラン・ブルーの意味は高度成長期の日本を東西南北に駆け抜けた「ブルートレイン」のこと。今こそなくなってしまいましたが、長い道を少しずつ進んで終着地へと向かう、そんな意味が込められています。
成瀬さんは2005(平成17)年、ベーカリーのワールドカップとも言うべき「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジェリー」で世界3位に輝いた実績の持ち主。そんな実績を持つ成瀬さんがシュトレンに出会ったきっかけは「パン技術研究所」だったそう。
成瀬さん「シュトレンを作り始めたのは35~36年前です。その当時、ドイツに面白いものがあるよ、と教えてもらい知ったのがきっかけでした。大学を卒業しパン屋で修行後、パンを科学的に分析するパン技術研究所に通っていました。なぜ発酵するのかとか、実技を学べるところでした。当時の講義の中で、クリスマスシーズンの色々な世界のパンを学ぶ講義があり、そこで出会ったのがシュトレンです。見た目は真っ白ですし、食べてみたらスパイスの味やフルーツの味、お酒の風味。これは……と衝撃的だったんです。」
成瀬さん「シュトレンは、パン酵母を使ったパンの一種です。世の中にはクリスマスケーキがありますが、パンの世界で技術を活かして、こういうクリスマスで楽しめるものを作ろうと思ったことや、最初に出会ったときのインパクトが残っていたので挑戦しました。
何度も試作し、その当時販売していたものは今とは全く違うものでした。飛騨高山に帰ってきた当初は宅配事業をやっていたんです。クリスマスにこんな面白いものがあるよと、パンをとってくださる方に提案してみたのがきっかけで、常連さんに買っていただきました。最初は70本ぐらいからのスタートでした。これが最初のシュトレンの販売でした。
これはパンなの?なんなの?とお客さんからもびっくりされて、お歳暮のニーズとも合致し、贈られてきて食べた方が注文してくださり、年を重ねるごとに注文数はどんどん増えてきました。当時はネットの情報も発達していませんでしたから、こうした口コミでシュトレンが知名度を上げていきました。
大きなきっかけは、2016年。日経新聞が企画としてやられているプラスワンのランキングです。シュトレンランキングでおかげさまで一位に選んでいただいて、そこから注文数は倍ぐらいになったんです。本当にありがたいことです。」
「トラン・ブルー」のシュトレンは、封を開けると真っ白な粉糖が。まるで飛騨高山の雪景色のようで、ナイフを入れればサクっと音がする時点で、もう美味しい。口に入れれば、カリッとした食感に粉糖のふわっとした食感、そして中のナッツとフルーツのコクが、口の中で混ざり合うこの美味しさは、他のシュトレンにない、唯一無二の美味しさ。
成瀬さんにこだわりを伺うと、やはりパン屋なのでパン酵母の使い方がキーポイントなんだとか。発酵のコントロールは、パン屋ならでは。気温が低いとか暖かい日とか、そのあたりの発酵のポイントをしっかり抑えられるかは最もこだわっているポイント。
また工程の中で、バターにつけこむ瞬間があり、焼き上がってからすぐに漬け込むのだとか。バターは湯煎すると白い部分と、オイルの部分に分かれますが、オイルの部分だけを使っているんだとか。
何g吸わせるか。一本一本を測りで測って、調整しているそう。何十年もやってくると“どれぐらい吸わせると美味しい”というのがわかってくるそうです。
「バターは酸化する」そう話す成瀬さん。シュトレンの封を開けて、まず驚くのはその粉糖の量。粉糖を厚くしてバターの酸化を防ぐ意味合いがあるそう。バターは何よりも劣化が早いため、なるべくその酸化を防ぐことが大切なんだとか。そのため「トラン・ブルー」のシュトレンは、成瀬さんいわく「熟成」が好きな方はいるものの、早いうちに食べていただくのをおすすめしているそう。
またシュトレンの正しい保存方法は、実は届いたら冷蔵庫で保管するのがおすすめだそう。成瀬さん「ジップロック等でもいいですし、しっかり密封をしてください。2か月ぐらいは日持ちして、美味しくいただけますよ」。
またトランブルーの大きな特徴は「ナッツの香ばしさ」。パティスリーや他のパン屋よりはナッツを多くいれているそうで、成瀬さん自身がナッツが好きというのもありますが、この香ばしさ、そしてシュトレンの外側のガリっとしたキャラメルっぽい食感が絶妙にマッチすることを考えているそう。
特に香ばしさの決め手はアーモンド。ナッツも酸化が早いそうで、こだわりとしては製造の前日にローストしているそう。また中に入っているフルーツは何十年も継ぎ足し継ぎ足しして旨味やコクを出しています。
始めた当初は、70本だった数が今では5000本以上に。年々予約数も増えて、休日返上でひたすら作り続ける成瀬さん。なぜそこまでシュトレンづくりに精を出すのか、伺いました。
成瀬さん「気持ちとしては、1本であろうが5000本であろうが一緒の気持ちでやっています。それは、何十年も買ってくださる方がいて、そういった皆様の年一回のお楽しみをお届けしていきたい、そう強く想っています。そして今年初めて『トラン・ブルー』に出会って、注文をする初めての方々にもなるべく応えたい。味もそうですが、気持ちもブレずに皆さんに応えていきたい、その想いだけで毎年作り続けています。」
取材日は、11月3日。シュトレン作りも真っ只中で、取材のお時間をいただいた成瀬さん。控えめでありながら、シュトレンというものの魅力を、そして年に1回の楽しみを多くの人に知ってもらいたい、そんな想いを感じる取材でした。日本最高のシュトレンといっても過言ではないシュトレン。今年の分は入手が難しいかもしれませんが、ぜひ次回トライしてみてはいかがでしょうか。
About Shop
トランブルー
岐阜県高山市西之一色町1丁目73-5
営業時間:9:30~17:30
定休日:火、水
URL は基本載せません、インスタを乗せる際は @xxxxxxx にリンクを設定してください
備考
Writing/坂井勇太朗(編集長)
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