近年急増中のカフェやコーヒースタンドなど。コーヒーはいま、飲食業界でもっとも注目すべき存在。そこで今回はいつもの「ウフ。」とはちょっと違う“コーヒー”に焦点を当てます。
皆さんはサードウェーブコーヒーという言葉をご存じですか?
それはアメリカを拠点に起きたムーブメントのひとつ。ファーストウェーブ、セカンドウェーブは共に産業コーヒーを中心にしていました。それに対して、サードウェーブは個人店を中心に、既存のコーヒーに対する考え方や美味しさの定義を一変させた大きくて緩やかな波。
今回は、そんなサードウェーブコーヒーを日本でいち早く紹介した編集者・菅付雅信さんに取材。アメリカを拠点としたサードウェーブコーヒーの歴史や、日本の珈琲文化との関係について紐解きます。
編集部:サードウェーブコーヒーとは具体的に一体どのようなものなのでしょうか。浅煎りで少しすっぱいコーヒーというイメージがあります。
菅付氏:サードウェーブコーヒーに対する考え方は十人十色なのですが例えば、
①オーガニックな環境で、無農薬または減農薬で作られたコーヒー豆
②シングルオリジンかそれを活かしたブレンド
③コーヒーの抽出方法へのこだわり
というものがあります。
サードウェーブコーヒーの味は様々です。おっしゃる通り浅煎りのコーヒーは代表格ですが、チョコレートのように深い味もあります。
※シングルオリジンとは:特定の地域・原産地のみで栽培されたコーヒー豆
編集部:ブレンドして味を整えるのではなく、できるだけ土壌を活かした栽培方法でコーヒー豆本来の味を楽しむ考えに変化したんですね。この傾向は、ビーン・トゥ・バー・チョコレートの流行にも似ています。
菅付氏:確かにサードウェーブコーヒーもビーン・トゥ・バー・チョコレートも、アメリカ西海岸から世界に向けて大きなムーブメントになりましたね。これには、アメリカのオーガニック意識が高まったことが背景にあると思っています。
2000年代に入り、アメリカで『ホールフーズマーケット』というオーガニック食品のスーパーが急拡大するんです。それまで添加物なんて気にしていなかった人が、気にするようになりました。このオーガニック志向と、個人店を中心としたコーヒーの新しい意識がクロスして大きな波を生みました。
編集部:コーヒー豆とカカオ豆は栽培地域も近い。時代背景に共通点があったとは驚きです。
菅付氏:サードウェーブコーヒーはアメリカ発祥の言葉ですが、突発的に生まれたわけではありません。その前にはファースト、セカンドウェーブがありました。
編集部:サードウェーブ(third wave)を訳すと“第3の波”という意味ですね。その前のムーブメントについて教えてください。
菅付氏:ファーストウェーブはインスタントコーヒー産業です。代表的なのは『ネスカフェ』で、アメリカのコーヒーブームに火がつきます。安く手軽に飲めるようになり、コーヒーが一般家庭に普及しました。
その後、セカンドウェーブでエスプレッソが流行。コーヒー豆に高い圧力をかけて濃度の高いコーヒーを抽出するエスプレッソ。これをシアトルで『スターバックスコーヒー』がカフェラテやフレーバーコーヒーにして販売したことで人気を集めました。
編集部:菅付さんは2009年、日本で初めてサードウェーブコーヒーを特集したんですよね。その経緯を教えてください。
菅付氏:2009年11月の『メトロミニッツ』というフリーマガジンで特集を組みました。当時、僕はクリエイティブディレクターとして携わっていて、チームメンバー内でも新しいコーヒー屋が増えている実感がありました。
元々、アメリカでサードウェーブコーヒーというムーブメントが起きていることは、なんとなく知っていました。それを、日本の新しいコーヒー文化として特集しようと思ったきっかけは、同時期に下北沢にオープンしたエスプレッソコーヒー店『ベアポンド・エスプレッソ』での体験でした。
編集部:『ベアポンド・エスプレッソ』とは当時、コーヒースタンドの形態を早い段階で取り入れた、エスプレッソコーヒーの店。アメリカ・ニューヨークで修業を積んだバリスタの田中勝幸さんがオーナーで、今となってはコーヒー好きの間で有名なお店ですね。
菅付氏:知り合いに連れられてオープンして間もない『ベアポンド・エスプレッソ』に行って。そこで初めて田中さんのエスプレッソコーヒーを飲んで“今までと全然違う味だ!”と衝撃を受けたんです。
本当に美味しくて、サードウェーブコーヒーは日本にも来ると直感しました。
『メトロミニッツ』発行後、他の雑誌でもサードウェーブコーヒーを特集するところが現れ、同時に日本でも着々と店が増えました。
編集部:菅付さんはアメリカで本場のサードウェーブコーヒーの渦中を体験されたんですよね。どのような印象を覚えましたか。
菅付氏:前述した『ベアポンド・エスプレッソ』の本を僕が編集・出版すると決まったとき、田中さんからメモを渡されて。“本を書く前に行ってきてください”と、メモにはコーヒーショップがリストアップされていました。
僕がそのメモに載ってあるアメリカのコーヒーショップを訪れたのは2011年で、その時は約20件を回りました。人気の店は40分~1時間待ちという凄い行列。NYの人が美味しいコーヒーだけのために、こんなにも並ぶんだと感動しましたね。
編集部:その4年後の2015年に『ブルーボトルコーヒー』が日本に初めて上陸。味もそうですが、スタイリッシュな空間は特にユース世代から注目を浴びました。
菅付氏:『ブルーボトルコーヒー』の創業者はジェームズ・フリーマンですが、彼は元々ジャズミュージシャンだったって知っていました?
編集部:そうなんですか!?全然知りませんでした。
菅付氏:しかも、彼がコーヒーの世界に転身したきっかけは日本のコーヒー文化に影響されたから。南千住の『カフェバッハ』や渋谷の『茶亭 羽當』で“日本のコーヒーは丁寧で美味しい”って開眼して帰国後、すぐにコーヒー屋を始めたわけです。だから、『ブルーボトルコーヒー』はエスプレッソとハンドドリップに凄く力を入れるようになったんです。
編集部:日本のコーヒー文化と海外のものでは違いがありますか。
菅付氏:日本の純喫茶文化は独特で、素晴らしいと思う。丁寧に淹れてリラックスする空間を与えるというのは、日本の茶の湯文化に通ずるものがありますね。
サードウェーブコーヒーもまた、豆にこだわり、淹れ方にこだわった結果、起きたムーブメント。どちらにも根底にあるのは“コーヒーを丁寧に楽しむ”という考え方です。
編集者:サードウェーブコーヒーのもうひとつの特徴に、個人店が増えたというものがあります。人々のファッションやスタイルの変化にも影響があったのでしょうか。
菅付氏:変化は結構ありましたね。アメリカのサードウェーブは西海岸から押し寄せました。それは立地や地域条例の影響が大きくて、ニューヨークに比べて焙煎のスペースを持ちやすかったから。
個人店が中心なので、皆、自由な装いで、音楽もアナログ・レコードをかけながらのんびりした雰囲気の店が多いですよね。
編集者:今まで企業側が行ってきた消費者のニーズに合わせたコーヒー作りから、自分たちのスタイルを打ち出した提案型に変化したとも言えそうです。
編集部:菅付さんが編集されたベアポンド・エスプレッソの本について。『LIFE IS ESPRESSO』(ミルブックス)は2011年に販売したものに書き下ろしを加え、文庫本として今年2023年、新装版で出版されました。
私も読みましたが、バリスタである田中さんの半生が面白くてかっこいい。コーヒー好きはもちろん、そうでない人にもお勧めしたい本です。
菅付氏:ひとつのものに情熱をかけて新しいことをやることに僕自身、面白さがあると思っています。更に、テーマが派手でも珍しくもない、みんなが口にする“コーヒー”というのもいいのではと。
田中さんは、日本のコーヒーカルチャーを引率してきた人ですが、一度会えばだれでも好きになる愛嬌と、コーヒーに対する愛を持っている人だと思います。“人生はエスプレッソ”という言葉がぴったりの人です。
編集部:本の中には、コーヒーの未来についても語られています。最後に、菅付さんが考える今後のコーヒーカルチャーの変化について教えてください。
菅付氏:まず、僕が思うサードウェーブコーヒーの1番素晴らしいところは、今までの固定概念から自由になったこと。フレンチローストやイタリアンローストのような豆の味わいが基本という考えから自由になりました。美味しいコーヒーの定義はそれぞれのバリスタが決めればいいんです。
日本人は元々舌が肥えていて、お茶の文化を持っている基盤の上に日本独自のコーヒー文化が発展している。これから新しい概念やプレゼン力を持った人が次の時代のコーヒーカルチャーを作っていくでしょう。
僕の持論ですが、コーヒーショップは、その街の民度のバロメーターだと思っているんです。コーヒーの持つ文化的ポテンシャルはますます大きいと思いますよ。
編集部:本日はありがとうございました。
協力/編集者・株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役 菅付雅信
Photo提供/写真家 松岡誠太郎
園果わたげ
ウフ。編集スタッフ
ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。
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