いまや日本で一つのジャンルとして確立したアントルメグラッセ。焼き上げたパイ生地や、スポンジ、メレンゲやタルトにアイスクリームを組み合わせたまさにパティスリーの一級品です。
その究極たる所以は、普通のケーキではあり得ない程の温度差。200度のオーブンを使用したかと思えば、アイスクリームはマイナス20度以下の世界で作られます。食べた時も然り。この温度差がくちどけや味わいはもちろん、食べ手の素材への意識まで変化させてしまいます。
そんなアントルメグラッセの名店として知られるのが2017年、神奈川県の中央林間にオープンして以来注目を浴び続ける「MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)」です。そのオーナーシェフを務めるのが江森宏之シェフ。
表参道の人気アイスケーキ専門店「GLACIEL(グラッシェル)」の立ち上げから指揮を執り、イタリアで行われた第一回ミラノ万博のアイスクリーム&チョコレート世界大会では初めて優勝を果たした、まさにチルドアイス界のパイオニアです。今回は、そんな江森シェフにマイナス世界のスイーツについて語っていただきました。
今ではアイスケーキのイメージが強い江森シェフ。しかし、若き時代にはフランス国家最優秀職人章MOFを獲得したフランス「Pâtisserie FRESSON(パティスリー フレッソン)」のフランクフレッソン氏に弟子入りし、帰国後には横浜の名店「ベルグの4月」にてシェフパティシエを経験。アイスケーキ専門店「GLACIEL(グラッシェル)」の立ち上げから関わり名店といわれるまで尽力した、パティシエとしても華々しいキャリアの持ち主です。
江森シェフ「当時アイスケーキ専門のお店は日本で『GLACIEL(グラッシェル)』くらいでした。その始まりは、北海道のチーズケーキ専門店『LeTAO(ルタオ)』から新規事業の話が来たとき。アイスケーキが僕の得意分野だったのでプレゼンしたら一つ返事でOKをもらいました。僕と現在『メゾンジプレー』で働いている女性と二人で『GLACIEL(グラッシェル)』のスタートを切り、切磋琢磨したことを覚えています。
当時、目新しさもありお店は大反響。メディアでもよく取り上げていただいたことも、“アントルメグラッセ”が一つのジャンルとして広まり始めたきっかけになったと思います」
江森シェフはその後、「GLACIEL(グラッシェル)」でシェフグラシエ・シェフパティシエを3年勤め独立。日本で随一のアイス専門職人として、さらなる飛躍を見せるためミラノ万博に出場しました。
江森シェフ「あのときのメンバーは凄かった。細工の得意な『ダロワイヨジャポン』の中野シェフ、基礎もチョコレートも細工もできるハイブリットな『grains de vanille (グラン・ヴァニーユ)』の津田シェフ、そして僕。
ミラノ万博はイタリアが主催でしかも第一回目だったので、当然優勝はイタリアだと思っていました。2位が取れたら実質優勝だよねってメンバーと話していたくらい。しかし、僕たちが優勝しちゃったんですよね。嬉しくて嬉しくて、大騒ぎしました。笑」
江森シェフ「日本ではまだまだシェフグラシエを名乗る人が少なかった時代。新畑としてこれほど面白いジャンルはないと感じていました。
ドルチェとして古くから親しまれているイタリアでは、ジェラート専門大学があって、自分も2回ほど学ばせていただきました。日本にはそういうところが無いので想像しづらいと思いますが、彼らはジェラートにおける技術と理論の双方を追求しています」
「MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)」だけでなく、アイスクリームマシーンのパイオニアとして知られるカルピジャーニ社で現在、日本人として唯一デモンストレーターを務める江森シェフ。シェフグラシエとしてもパティシエとしても真剣に向き合い、経験を積んできたからこそアイス、ジェラート、ケーキには全く異なる知識とスキルが必要だと言います。
江森シェフ「アイスは一番単純で、材料は大体多くても5種類くらい。水、フルーツ、砂糖数種類と安定剤ですね。乳製品が入るジェラートでさえ、精々使う素材は10種類。凄くシンプルなんです。そこで、イタリアのジェラート職人が特にこだわるのがテクスチャー。
その食感につながる砂糖使いへの心得は他の菓子職人とは比べ物にならない程です。砂糖だけでも20~50種類を使い分け、さらに空気の含み具合を調整して、素材や自分自身の個性を活かすんです」
ジェラートを作る上で、砂糖の役割は甘さの違いとアイスの固さの調整。そうした理論の先にあるのが素材の追及です。ジェラートにクッキーやパイ生地など、パティシエらしい工夫を加えるとき、何より気を付けるべき点でもあります。
江森シェフ「うちはフルーツに留まらず青果全般を使用しています。産地から仕入れたものをそれぞれ、生菓子、ジャム、焼き菓子、ジェラート、アイスケーキと加工していくわけですが、どれも大切なのは鮮度。生菓子では、できるだけダイレクトに素材を味わってもらうため大き目にカットします。形の整っていないものはジャムや焼き菓子、ジェラートに。
『MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)』の強みは出口の広さです。生菓子だけに縛られない加工でフレッシュがだめでも糖度や食感で差をつけ、全く異なる美味しさを引き出すことができますから」
そんな「MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)」のスペシャリテは何といってもアントルメグラッセ「フルール ド フリュイ」です。咲き誇る花園のように鮮やかな見た目と、半球型のソルベやタルト生地が今にもクルクルと踊りだしそうな立体感。目にも鮮やかなこのアントルメは冷菓子ならではの温度変化を逆手に、食感や味わいの音域を最大限に広げています。
江森シェフ「くちどけの変化に合わせてシャーベット、アイスクリーム、タルト生地の3階層に分けています。最初は爽やかなシャーベット。それからミルキーな味わいのバニラアイスへと変化し、芳ばしさの残るタルト生地へと到達します。
アイスケーキの面白いところは、パーツによって人が感じる温度に差が生まれること。『フルール ド フリュイ』の場合、トップのシャーベットが一番冷たく、下に行くにつれて冷たさが緩和される。そのことをよく理解し、バランスよく組み合わせれば美味しさは増します。しかしそうでないと食べている途中に疲れてしまうんですよ」
半球型のシャーベットはマンゴー&パッションフルーツ、青りんご&ライム、カシス&ブドウ、苺&木苺、苺&パッションフルーツの計5種類、8種ものフルーツが使用されています。さっぱりした後にはしっとりとしたくちどけのバニラアイスが。サクサクとしたタルト生地は、時間が経つにつれて溶けたバニラやシャーベットと絡み合い、異なる美味しさを楽しめます。
江森シェフ「食べるベストは溶けかけの瞬間です。アイスはソースの役割も果たしてくれるので、普通のケーキではできない味やテクスチャーの変化を楽しめます」
「MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)」の店内同様、お家に帰っても鮮やかなスイーツにワクワクしてほしいと願う江森シェフ。生菓子では成し得ない多種多様な色使いを可能にするアントルメグラッセは光り輝くジュエリーのようです。
ジェラート職人の知識と、パティシエとしての経験則、そして江森シェフのアイディアで次々と生み出されるマイナス世界のスイーツたち。そんな江森シェフによって構築されたアイスケーキというジャンルが、次は誰が革命を起こすのかと待っているようです。私たちの想像を超えるスイーツ界の飛躍にこれからも目が離せません。
About Shop
MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)
神奈川県大和市中央林間4丁目27−18
営業時間:10:30~19:00
定休日:月、火
園果わたげ
ウフ。編集スタッフ
ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。
Photo/Tomohiro Takeshita Writing/Sonoka Watage
注目記事