本場フランス人が作るお菓子が食べられる東京でも数少ないパティスリー「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」。マチューパンソン氏がお店の立ち上げから携わり、オーナーシェフを務めます。
自由が丘からほど近い緑が丘にあるこのお店の名物はカヌレと季節によって変わる色とりどりの生菓子。フードスタイリストとしても活躍をしていた彼の作るお菓子や空間は、味もさることながら“見せ方”の面でもセンスが光ります。
今回は、「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」が掲げているスローガン“Réveillez vos 5 sens!(五感よ、目覚めよ!)”を皮切りに、マチューパンソン シェフが日本に来た理由から、変わることがない情熱について取材しました。
パンソン シェフが子供の頃はパリから車で1時間ほどの小さな町で家族と暮らしていたそう。自然にあふれた地で、母親とお菓子を作ったり、お祖母ちゃんの家で姉と一緒に庭に生えた杏子を収穫して焼きタルトを作ったりと、お菓子作りは日常的な遊びの延長のような存在でした。
パンソンシェフ「僕の故郷は蜂蜜が有名だったので、お店で出すフィナンシェやマドレーヌに使用しています。子供の時からクッキーやサブレが好きで『スマイルサブレ』は僕の大好きなものを詰め込んだ焼き菓子。ヘーゼルナッツはペースト状のものと、粉砕したものを使って、間にはジャンドゥーヤも入っているからナッツの香りが凄くたちますね。僕のおすすめです」
店頭にならぶ「スマイルサブレ」は、ひとつひとつ個性のある笑顔。袋を開けるとヘーゼルナッツの甘い香りが鼻の下を通ります。サクサクとしたサブレと滑らかな舌触りのジャンドゥーヤに、いつの間にかサブレと同じ笑顔が自分の顔にも。
“焼き菓子には僕の思い出を詰めたものが多いかもしれない”そう話すパンソンシェフ自身も、「スマイルサブレ」を食べると幸せになれるといいます。
小さなころから蓄積された作ることへの情熱は最初、料理に向かっていたそう。
パンソンシェフ「料理の専門学校を出た後はパティシエに転身しました。分量と工程の決められたお菓子作りは料理より簡単だと思ったんです。実際は全然そんなことがなかったけど。笑
ただ、お菓子作りを通した小さいころの思い出や、なかなか上手くいかないところにすごく惹きつけられました」
それからはフードスタイリスト、製菓学校の講師、中目黒「Green Bean To Bar(グリーンビーントゥバー)」の立ち上げ、ピエールエルメでの経験と、お菓子作りを土台にさまざまなクリエーションに携わってきたパンソンシェフ。そして、そのどれもが「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」を形作っているといいます。
パンソンシェフ「経験は凄く大事です。現在はコロナ禍で控えていますが、ここのお店で毎週お菓子教室を開いていたのは、フランスと日本の両国で学校講師の経験があったからこそ。さらに、お店の商品や雰囲気、いたるところに働いていたお店のニュアンスが混ざっている。真似ではなく、僕が感じ取ったもの。それがちゃんとこのお店に反映されていると感じます。特にフードスタイリストとして働いた経験はその後の僕の価値観を驚くほど変えました」
フードスタイリストとは、料理を撮影するプロフェッショナルのことを示します。私たちが日々目にする雑誌や書籍、広告の写真。ドラマや映画の食卓シーンでもフードスタイリストが活躍しています。単に、料理を映すのではだめ。食べ物を美味しく、さらにシチュエーションが伝わるよう、画枠に映る全てをスタイリングします。そんな、フードスタイリスト界で何より重視されるのは見た目のみだそうです。
パンソンシェフ「本当にフードスタイリストはビジュアルに全てをかけます。当時、僕はお菓子だけではなく食べ物全般を扱っていました。例えば冷凍ピザの撮影は印象的でしたね。いかにチーズをとろ~と見せるか、トッピングのトマトに関しては、形の良いものを探すために何箱も冷凍ピザを開封して一番ビジュアルの良いピザを見つけます。もう、食べ物というよりモデル。笑
他の撮影では、マッシュポテトで高さを出し、映らないところはそもそも作らない。
作ったものを食べてもらう相手がいない感覚は不思議でした。しかし、ビジュアルがもつパワーがどれだけ大きいかを感じられたのもこの経験ありきです」
「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」の生菓子はショーケースの代わりに、1種類ずつガラスのクローシュに入っていてまるで展示品のよう。自ら撮影することもかねて選んだという大きな窓から太陽の光がモノトーンの店内に差し込んで、色鮮やかなケーキたちがさらに明度を上げて見えます。
人が感じるニュアンスとは、五感から得られるもの。そんな経験を肌で味わったパンソン シェフはお菓子を通してみんなにも感じてもらえたらと“Réveillez vos 5 sens!(五感よ、目覚めよ!)”をお店のスローガンにしたそうです。
パンソンシェフ「僕のケーキはビジュアル、味、匂い、食感、テクスチャーが多種多様。作るときもこの五感をフルに使いますし、食べるときもこの五感のどれかが反応して美味しいと感じてもらえる。知らない間に双方が、全てのセンスを駆使しているんです。そこに新しい発見があったらいいなと思っています」
アイディアとパッションで新しいスイーツを作るパンソンシェフ。しかし同時に日本人の好きなモノを取り入れることを心がけているそう。フランス人のアイディアを日本風に落とし込み、2月に1度のスピードで次々と入れ替わる生菓子。パンソンシェフのアイディアが詰まったメモを今回、特別に見せてもらいました。
パンソンシェフ「このノートには今までの作品が全部入っています。何度もやり直しをして工作を練るんです。そうして決まった4月の新作は5種類。桜のケーキ、ミルフィーユ、モンブラン、苺と紫蘇の花を使ったタルト。そして元々お店オリジナルだったパッションフルーツとキャラメルのボンボンショコラをケーキにアレンジして出す予定です。どれも既存の食べ慣れたケーキですが、味や見た目に『Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)』らしいサプライズがあります。楽しみにしていてください」
その時の季節感や、5種類全体のデザインやテクスチャーのバランスを熟考してできる生菓子。お店に来る人に楽しんでもらいたいという思いと共に、パンソンシェフの常に前進していたいという情熱を感じます。
色彩の豊かさはお得意のマカロンも然り。5種類のフレーバーはグリーン、チョコレート、アイボリー、ブラウン&パープル、レッド。全て素材の特徴を色からも感じ取れるナチュラルなカラーです。
滑らかな表面の中にはそれぞれの素材に合わせたクリームが入っています。
パンソンシェフ「日本人が持つマカロンのイメージって“甘い”なんですよね。それを知ってみんなから愛されるマカロンを作ろうと思いました。ビスキュイに入れる砂糖を減らし、アーモンドを増やしました。それから、クリームはチョコレートと生クリーム、そしてフレーバーのみで砂糖は一切使用していません。マカロンにおいて素材の味をどう生かすかというのは、ピエールエルメで学びました。しかし、技術の先に僕のお菓子を待つお客さんがいると考えると、おのずとアレンジが浮かびオリジナルになっていきます」
食べると、ピスタチオは素材の味と香りがとても高い。チョコレートは70%の上質なチョコレートを使っているそうで甘さの中にコーヒーを飲んだ時のようなコクのある苦みがあります。バニラとシトロンを組み合わせたマカロンは酸味を優しく包むバニラが肝です。さらに、マロンとカシスはモンブランを食べた時のようなリッチ感、フランボワースのマカロンは朝食に食べるフルーツのように爽やかな気持ちにしてくれます。
コロンコロンとしたマカロンは、見た目も味も幸せを3口に詰め込んだみたい。5種類の幸せを楽しめます。
繊細なストラクチャーが目を引く「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」のスイーツ。しかし、忘れてはいけないのが個々の名物は“カヌレ”だということ。お店には目移りがしてしまうお菓子が沢山。なのになぜカヌレは特別なのでしょう。
パンソンシェフ「僕の知っている限りフランスではどんなに小さなケーキ屋さんでも、有名なホテルやレストランでもカヌレがありました。だから、お店を出そうと決めたと同時に“カヌレ”もやろうと思っていたんです。
“カヌレを作る”って、簡単そうに聞こえると思うんですけれど実は何度も失敗をしていて。温度や混ぜる順番などを試行錯誤してやっといまのカヌレが完成しました。2年の月日がたっていました。笑」
どこにでもあるからこそ、個性を出すのが難しいカヌレ。「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」では2つのフレーバーを楽しめます。
パンソンシェフ「1つ目はバニラとラム酒の入った『カヌレ』。外側はカリっと、内側はもっちりとしたクセのない味と食感は基本です。ただ、想像通りの味を作るのって意外に大変で、温度や湿度によって『カヌレ』の状態も変わります。焼き上がりから時間がたてば食感はやわらかくなっていきます。好みのタイミングで食べてもらえればと思います。
2つ目は『カヌレショコラ』。香りも食感も少しやわらかくなるように作りました。砂糖の量を減らし、チョコレートを混ぜることで、少しだけガトーショコラを食べた時のようなしっとりとした食感が生まれます」
スタンダードな「カヌレ」は確かに思い描いたカヌレの味。カリっとした食感と生地から漂う甘い香りは飾らない味。“普通”を突き詰めるとこんなにも美味しいのかと感じます。
「ショコラカヌレ」は、外側の噛み応えが薄れ、生菓子に近い印象があります。もちもちとした食感と香り、チョコレートは双方のやわらかさを引き立てます。
パンソンシェフに家族でもよくカヌレを作っていたのか聞くと、意外にもそうではなかったらしく、むしろシェフが作る姿を真似て最近、母親が作るようになったのだとか。家族とのコミュニケーションにお菓子があるなんてなんだか素敵です。
パンソンシェフ「日本に来てそろそろ10年がたちますがいまだに言語の壁があります。伝えきれないときがある。それでも0から作った自分のレシピを、更に試行錯誤して微々たる変化ですがより美味しいものをと追求することを日本でできる環境が好きですね。チャレンジしているって実感できるんです」
最近イートインを再開したという「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」。広いキッチンでパティシエたちがてきぱきとお菓子を焼く姿を見ながら、焼き上がりの香りに包まれてまた、ケーキやパフェが食べられる!
新しいアイディアの扉を開けたくなったら「Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)」へ。きっと五感が刺激されるはず。そうでなくても、美味しいお菓子と素敵なビジュアルのケーキが気持ちを癒してくれます。
About Shop
Numéro 5 Paris(ヌメロサンク・パリ)
東京都目黒区緑が丘1丁目23−10Ntm One 2階
営業時間:10:30~18:00
定休日:月曜日、第一第三火曜日
インスタグラム:@ n5_pinson
園果わたげ
ウフ。編集スタッフ
ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。
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