「フレジエ」という、お菓子をご存じでしょうか? 春を告げる、苺を使ったフランスの伝統的なケーキ。日本における、あの三角形のショートケーキが存在しないフランスでは、春を感じさせる苺を使ったお菓子という立ち位置で、苺が旬な時期に数多くみられます。
そんなフレジエというお菓子が、この日本でも近年増え続けています。その見た目や味わい、テイストもパティスリーによって異なる点が面白く、今回紹介するのはそんなフレジエの中でも、編集長が食べてもっとも感動した「アツシハタエ」のフレジエを取材してきました。フレジエの常識を覆す、ピスタチオに染まったその美味しさ、食感、風味。すべての魅力を波多江シェフに解説いただきました。
当時史上最年少でミシュラン3つ星を獲得したフランス料理の巨匠、「アラン・デュカス」から“世界一”と認められた波多江篤氏のパティスリー「Atsushi Hatae(アツシハタエ)」。2015年から6年連続でミシュランの星を獲得している「ドミニク・ブジェ トーキョ」のシェフパティシエとして務め、2019年に独立し、前代未聞の3店舗同時オープン。工房のある用賀、そしてイートインも充実した代官山、高輪の3店舗となっています。
今回取材として訪れたのは、工房がある用賀店。駅からは徒歩7分程度と立地もいいこの場所。お店に入ると、まず目に入るのが、波多江シェフがフランスのホテル時代に出していたという「ショコラティーヌ」をはじめとする、まるでケーキのようなヴィエノワズリー(パン)の数々。その種類の豊富さには驚くばかり。
並ぶケーキは、創造性豊かなケーキばかり。今でこそ増えている高級路線のお店が、2019年のOPEN当時はそこまでなかったと波多江シェフ。
波多江シェフ「ケーキというものは、もともとお祝いの時に食べるなど日常的に食べるものではありませんでした。特別な時に食べるもの・買うもの。だからこそ、そんな“ハレの日”にアツシハタエのケーキを選んでもらえることを目指してラインナップを考えました。
その時に、“記憶に残る特別なケーキ”を目指したんです。そこで僕が大切にしたのは、“一から生み出す”こと。やはりどうしても国内でも海外でも、修業を経て表現するものが、修業したお店のスタイルに寄ってしまうことがあり、私はそこで“なんのための独立したのか”そこをすごく考えて、一から生まれたものを作ることを意識しました。
例えば、ヴァニーユフレーズというプチガトーはどこにでもある食材の組み合わせだけれど、ケーキで表現が難しいテクスチャーを作っていくなど、細部までこだわっています。」
波多江シェフ独自の哲学がつまったガトーの数々の中でも、ひと際美味しく、そして美しいのがこのピスタチオのフレジエ。
美しい苺の断面はもちろん、ナチュラルで自然なピスタチオカラーが食欲をそそります。
フレジエの定番では、バタークリームやカスタードクリームをベースにした、ムースリーム。そして苺や種類によってはベリーのソースのジュレやナパージュで彩るものが多い中で、実際にピスタチオベースにしたものも増えつつあります。
そんなピスタチオベースのフレジエの中でも、もっともピスタチオのまめまめしさと香ばしさを感じたのが「アツシハタエ」。
波多江シェフ「フレジエ、なぜピスタチオにしたかというとフレジェはフランス菓子のお店ならどこでも作っていると思いますが、ピスタチオの味がしっかりするフレジェは私の経験上では出会ったことがなかったので、ピスタチオの味がしっかりとするフレジエを作ろうと決めました。
そしてピスタチオを使うなら、しっかり活かしたいと考えたんです。その素材の名前がつくお菓子を食べたときに、その味が弱いとガッカリしませんか? 僕の作るお菓子は。やはり素材の味をわかりやすく感じてもらうことです。
単純にピスタチオのペーストを沢山加えれば美味しくなるという訳ではないので、甘さのバランスやピスタチオを加える事での油脂のバランス、イチゴの酸味とのバランス、生地とクリームのバランス、全てを1口で食べたときに美味しいと感じられる割合を意識して作っています。ここの領域に行くまで、すごく大変でした。
フレジエって、かためのムースリーヌが好きな人多いという印象だけれど、僕はそうしなかったんです。“フレジエは濃厚なムースリーヌにしたほうがいい”そういう常識にとらわれず、苺を感じて、あとからムースリーヌという順番を意識しました。
ピスタチオはシチリア産とイラン産を組み合わせていますが、素材が高ければいいというわけではなく、実際に食べて美味しかったものを使用しているので、意外とどこ産のですか?とか、価格はどれぐらいのものを使われていますか?と聞かれると、あまり覚えていなかったりします(笑)。」
見た目も、大体のお店が上面を赤いナパージュ等で仕上げて苺メインの味にするので、私はピスタチオメインの味にしたかったこともあり上面もピスタチオの生地のクラムで仕上げました。ピスタチオメインだとフレジエって呼べないかもしれませんが……。
そして使っているイチゴはあまおうですが、品種は多すぎて品種というよりも信頼している農家さんで使わせていただいていますね。うちは日本でいうあの三角形のショートケーキはやっていなくて、フランス菓子をやってきたからこそ、今の苺がある時期にやりたいと思って春先までやっています。」
話は戻り、3店舗同時をOPENさせるという珍しい開業の背景には労働環境への波多江シェフの考えと想いがありました。
波多江シェフ「この業界って、頑張っても報われない方がすごく多い。頑張っている人にはそれに見合った報酬、そして環境を作ってあげたいと思ったんです。
少しでもこの業界の環境改善をしたいと思っていますが、それは甘える環境を作りたいわけではなく、頑張る人を報われるようなことを考えているんです。
うちでいうと、機械でやろうと手でやろうと変わらない仕事は機会に任せるときっぱり決めています。もちろん、手作業でないと無理なものがあるので、そこは手作業でやるけれど、機械の技術や進歩、そして設備投資も必要なことだと思います。工房を一つに絞ったのは、そういう考えもあって。
そうして生まれた時間を使って、働くスタッフのレベルを上げていく。そうすると、効率化が生まれますよね。」
唯一無二のお菓子を作り続け、今後の展望も楽しみな波多江シェフ。取材時も物腰柔らかで、親切に色々なことを教えてくださりました。春までしか食べられない、とっておきのフレジエをぜひ。
About Shop
「Atsushi Hatae 用賀店」
東京都世田谷区玉川台1丁目5−3 グレース玉川台 101
営業時間:11:00~19:00
定休日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌営業日が休みとなります)
※不定休で休みになる場合があります。営業日はあらかじめご確認ください。
Photo/Tomohiro Takeshita Writing/Cream Taro
注目記事