皆さんは、“和菓子”と聞いてどんな印象を持たれますか?
「練り切りってかわいいよね」「私は、餡子がちょっと苦手」「地元にある行きつけの和菓子屋があってさ」「最近全然食べていないな」などなど、色々な印象があると思います。
今回はそんな和菓子のイメージを払拭するべく立ち上がった若き和菓子アーティスト、寿里さんと彼女のお店『かんたんなゆめ』について紹介します。チーズやフルーツを使った洋菓子のような和菓子から、お酒に合わせて嗜む新しいスタイルまで、『かんたんなゆめ 日本橋別邸』ならではの至福の空間と、そのルーツを探っていきます。
心身ともに尽くして開いたお店なら、だれもが“この場所で永く愛されるお店にしようと”考えるのが常。しかし『かんたんなゆめ 日本橋別邸』は、“始める前から終わりが定められた和菓子店”としてオープンしました。
日本橋室町小路の一角、目印はお店の名前が綴られたネオンライトのみ。知る人ぞ知るといった感じで、一見気が付かないような場所ですが、寿里さんの作る和菓子を求めて人が途切れることはありません。
再開発で取り壊しが決まっているビルの3階に、2年間限定でオープンした『かんたんなゆめ日本橋別邸』。寿里さんと新たな和菓子が私たちを静かに待ってくれています。
和菓子の世界というと老舗和菓子屋がその界隈に鎮座。町の和菓子屋さんでも家系で代々受け継がれる、選ばれし者の世界といった印象があります。そんな中で『かんたんなゆめ 日本橋別邸』はまったくの別次元。それはひとえに、この場所が2年間という確約付きだからではありません。そこには寿里さんならではの“魅せ方”があります。
寿里さん「私、前職は会社員だったんです。元々料理やお菓子作りが好きでパティシエ科がある高校に通って製菓衛生師の資格を取りました。そこで練り切りの美しさや儚さに惹かれ興味を持ちましたが、和菓子屋に就職することなく。当時の私は西日本エリアを中心にカフェの店舗立ち上げをしていました。
京都では色々な和菓子屋さんが身近にあって“今の季節は何があるのかな?”と日々ワクワクしていました。いざ、東京に異動となったとき、それまで当たり前にあった和菓子屋が探さなければ見つからない存在になったんです。
特に練り切りは日持ちがしない為、受注生産のみや店頭販売を控えるお店が多い印象で。そこで“そっか、好きなだけじゃなくなるんだ”と知りました。こんなに繊細で心を豊かにしてくれる和菓子の存在をもっと身近に感じてほしい。だから自分が作ろうって」
そう決意して目指したのは、和菓子を普段使いしたことがない人にも届く和菓子屋さん。しかし、カフェを立ち上げてきた経験から見えてきたのは、和菓子屋と現代人の生活の間にあるギャップです。
寿里さん「例えば、若い女性がランチの後にお茶をしようと思ってもテイクアウトのみの和菓子屋は候補にあがりづらい。朝早くから夕方までの営業で、日曜日が定休日となると働く人の多い街の和菓子屋は、東京人にとって立ち寄りづらいのではないかと思ったんです。
日本橋は会社が多く立ち並ぶエリアでもあるので、平日は仕事終わりに立ち寄れるよるバータイムに、土日はカフェ利用ができる日中の営業にしました。
お陰様で一人の方や、友人や両親を連れてくる方、お子様の和菓子デビューにと。5歳〜上は70代くらいの方まで幅広い世代に足をお運びいただいてます。」
例えば、パソコンで作業している時にコーヒーやクッキーではなく練り切りとお抹茶が目の前にあったら。少しの時間手を止めてお菓子を見て味わってから作業を再開するんじゃないか。そんな束の間の“一服”を味わえる力が和菓子にはあると寿里さんは語ります。
テレワークが一般化した現代で、作業場と化したカフェが多い中『かんたんなゆめ 日本橋別邸』で感じるのは、この雰囲気に浸っていたいという感覚。安らぎを求める多くの現代人にとって憩いの場となる理由こそ上生菓子の持つ力なのかもしれません。
中でも『かんたんなゆめ 日本橋別邸』が和菓子と洋菓子の垣根を超えるような素材の組み合わせで愛されるのは、寿里さん自身の思い出が発想の原点になっているから。
寿里さん「私の地元、宮崎県では『チーズ饅頭』が土産物として有名なんですが、同じ名前でも洋菓子使用と和菓子使用があるんです。うちの練り切りはこの『チーズ饅頭』からのアイディア。
地元では、”町のお菓子屋さん”が主流で、ケーキもお饅頭も売っていました。子供のころにおばあちゃんと一緒によく行って、目新しいものは無いけど2人とも笑顔になれた。そんな記憶が残っています」
洋菓子で和の素材を活かすように、和菓子の型で様々な素材を取り込みたいと始めた寿里さんの挑戦。『チーズケーキの練り切り』は日本酒やワイン、コーヒーと合わせても美味しい仕上がりです。
花弁に合わせて黒文字を入れるとぎっしりと詰まった餡の中を通ります。食べるとチーズケーキのような酸味に、上品な白あんの甘さが引く後味。中にはクリームチーズが入っていてほのかに香るレモンの酸味と交わります。強めのお酒と合わせてもぼやけないしっかりとした味わいです。
今までにない和菓子の素材使いで人々を驚かせる『かんたんなゆめ 日本橋別邸』。未開拓のジャンルを開拓するためにひとつの基準としているのが“素材の色合い”なんだそう。
寿里さん「絵具でも白って調和されやすいですよね。新しい上生菓子を作る時の白餡が、私にとって絵具の白。そこにピスタチオやホワイトチョコレートを加えて今回のピスタチオ羊羹を作りました。試行錯誤をしてバランスの良いポイントを探してゆきます」
ドリンクとセットで提供される3つの和菓子。そのときの気分によって数種類の中から選ぶことができます。
中でも大人気なのが灰色の見た目がモダンな『くるくれ』。たっぷりと胡麻が練り込まれ、口に含むとはじけたように胡麻の香りが広がります。ごま入りのクッキー生地はメレンゲ菓子のように軽くてサクサク。挟んだクリームはしっとりとした舌触りと程よいくちどけで、バタークリームと餡子の良いとこ取りをしたような味わいです。
キラキラと輝くテクスチャーと、季節を表す見た目が視線を集める「栗の実」は、最も和菓子らしい味の印象。餡子の中には栗の甘露煮が入っていて、まるで栗狩りをしている気分です。栗の見た目に合わせて使用されたけしの実が香ばしい風味をプラス。良い仕事をしています。
お酒と合わせれば淡麗な上生菓子の美味しさを感じる一品です。
和菓子Barとして知られる『かんたんなゆめ 日本橋別邸』では、もちろんお酒とのペアリングを楽しみたいところ。今回のセットに合わせて寿里さんが選んでくれたのはほうじ茶ウイスキーです。
寿里さん「このお店はいわば“私の好き”でできたお店。お酒も自分が好きだったので和菓子とのペアリングという発想に至りました。お酒は『かんたんなゆめ』の和菓子と相性の良いお茶割や日本酒をメインに提供しています。
今回は、コクの深い餡子や胡麻、濃厚なピスタチオが目立ったチョイスだったので、ジョニーウォーカー黒(ウィスキー)のほうじ茶割で。それぞれ異なる香ばしさを楽しむことができます」
ウイスキーならではのピートの香りとほうじ茶の香りが絶妙なドリンク。飲むとのどを伝って、じんわりと温かくなってゆきます。“和菓子に洋酒なんて”という固定概念を捨てて、一度味わえば感じる上品さ。とっても贅沢な気分です。
つい先日、新たな物件を決め、春頃に代々木公園から奥渋のエリアにオープンする予定だそう。詳細は随時インスタグラムを使って発信していくそうです。
寿里さん「ここに移転する前はコロナ禍でのオープンでした。正直、会社員とのギャップにしどろもどろで。不安な日が続く中、今後どうなりたいかだけを考え続けました。未来を見るようにしたんです。その時の習慣で今でも悩んだときはスマホを置いて墨田川に散歩に行きます。笑
一旦シャットダウンすることで頭も気持ちも整理ができるので私にはとても大切な時間です」
和菓子作りや、今の仕事を通しての出会いが何よりも楽しいと語ります。
20代という若さで新しいジャンルを確立させようと奮闘する寿里さん。自分の好きなものを詰め込んだ“イマ”を大切にしたいという思いが伝わってきます。店内に飾られた掛け軸や、オリジナルのネオンライト、インスタグラムのイラストといった様々なアーティストとのコラボレーションは、寿里さんの感性の方向性を示しているよう。
和菓子を新たなカルチャーにしたいと語る寿里さんの、思いの詰まった和菓子をここ日本橋別邸で食べられる期間も残りわずか。皆さんもぜひ、味わってみてはいかがでしょうか。
About Shop
かんたんなゆめ
東京都中央区日本橋室町1丁目6−7
営業時間:土・日13:00~17:00 (L.O 16:30)/水・木・金18:00~23:00(L.O 22:00)
定休日:月・火・不定休
公式Instagram:@kantan.na.yume
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