鎌倉の観光名所のひとつ、にぎやかな小町通りから少し離れた東勝寺橋のすぐ近く。鎌倉の自然と、人々が暮らす社会の狭間のような場所に古民家「燕カフェ」はあります。
「燕カフェ」は戦前にあたる昭和12年に建てられた歴とした木造建築の古民家を利用。隅々まで歴史が沁み込んだ家屋は居心地がよく、地元の人の憩いの場です。様々な世代が来るこのお店で薬膳料理を作りつつ、骨董品を取り扱う石田雄さんはここのオーナーであり、「燕カフェ」を救った人。
今回は、来る人をノスタルジックにさせる「燕カフェ」で味わいたいひんやり「杏仁豆腐」と幻の「メロンソーダ」を紹介します。
「燕カフェ」がオープンしたのは2016年。しかし、最初の2年間は全く印象の異なるお店だったそうです。
石田さん「私がここにきたのは、2018年のとき。
飲食店にとって最初の2年間は、“その後の生死が決まる”といわれるほど高い壁があります。元々知り合いだったここのオーナーも、ご多分に漏れずという感じでその時期に大赤字を出して。お店を閉めると言ってきました。
当時、私は中目黒でイタリアンをやっていましたがそれを皮切りに、仕事を辞め『燕カフェ』を継ぐことにしたんです。そして、コンセプト、内装、提供する料理のすべてを変えました。
今思うと“自分のやりたい店を形にしたい、この家屋ならそれができる”と悟ったのでしょうね」
85年以上長らえた古民家とは対照的に、フレンドリーで若さ溢れる印象の石田さん。時代を交差するように幅広い趣味を持っています。骨董品もそのひとつだそう。
石田さん「小さいころによく、母と一緒に骨董品巡りをしていました。骨董品を好きになったのはその影響でしょう。いまでは古物商の免許を取って、公的に骨董品を扱えるようになりました。
私の性なのでしょうが、昔から利便性を重視していなくて。むしろ骨董品は不慣れや不便を楽しむものだったりします。『燕カフェ』もそんな寛容性をもったお店でありたいです」
「燕カフェ」のレギュラーメニューとして人気なのが、中国の薬膳甘味として知られる「杏仁豆腐」です。
「燕カフェ」の「杏仁豆腐」の特徴はボリューム感とその食べやすさ。杏仁特有のクセはなく、フローズンフルーツがたっぷり入ったパフェのようなビジュアルです。大人はもちろん子供にとってもひんやり甘くておいしい1品。
石田さん「杏仁豆腐を作る時、杏仁霜(きょうにんそう)を本来は使いますが、うちでは杏仁豆腐の風味に似たリキュール“アマレット”を使用しています。アルコールは加熱して飛ばしているのでアレルギーがある人やお子様でも食べていただけます。
杏仁豆腐というと寒天のような固い食感を想像すると思うんですが、うちの『杏仁豆腐』は食感も味わいにも、良い意味で違和感があると思いますよ」
食べるとふわりとした柔らかい食感。歯がなくても容易に溶けてしまいそうです。合わせてたべるフローズンフルーツは甘酸っぱく、「杏仁豆腐」のミルキーな味わいとの相性ばっちり。上にのったアイスクリームが程よく甘さをプラスしてくれます。
取材中、隣の席でも夏休み中らしき家族が「杏仁豆腐」をシェア。ひんやりとした冷たさは、むしむしとした陽気にぴったりです。
「燕カフェ」らしさは容器にも。繊細な線で描かれた歌舞伎色の骨董器が、真っ白な杏仁豆腐とのコントラストを生みとっても鮮やか。素朴なイメージの強い杏仁豆腐ですが、お皿一つでこんなにも豪華な印象になるのかと驚かされます。
幻とまで言われる「自家製クリームソーダ」。メニューには表記がなく夏の季節になるとひっそりと始まり、ひっそりと終わっている「燕カフェ」の名物スイーツです。自家製シロップから作るというメロンソーダは、ここでしか味わえない一品。
地元の人にとってもヒミツにしておきたいデザートだそうで、今回、胸を弾ませてお話を聞くと衝撃の事実が。
石田さん「実は、『自家製クリームソーダ』の提供は終わってしまったんです。うちの『クリームソーダ』はメロンシロップから作るんですが、とてもとても人気で。しかもせっかく作ったシロップでも足が速いし、時期が読めないんですよね。
シロップの材料はメロンと氷砂糖と、いたってシンプルです。材料を瓶に詰めて発酵を待ちますが、湿度や温度によって発酵時期が違う。1次発酵後に提供しますが、さらに2次発酵が進めば味が変わってしまう。本当にタイミングなんです」
取材時当日も、見ると看板にはSold Outの文字が。幻たる所以がわかります。
しかし、だからこそまた挑戦しにお店へ足を運びたくなる。『自家製クリームソーダ』に出会えた日には鎌倉のヒミツをひとつ知った気分になりそうです。
鎌倉・大船生まれだという石田さん。生まれ育った場所で商いを行うからこそ、自分にしかできない地元との交流があるといいます。
石田さん「鎌倉のカフェって凄く回転が速くて、大体3年が寿命です。でも私はそういうの嫌だから、地域に根差したお店にしたかった。2年前に自治会長をやったのも、ぶっちゃけてしまえば手っ取り早く周辺の人と仲良くなれると思ったから。笑
でもその行動が、すごくよかったんです。
地域のひとたちとたくさんお話して、その地に受け入れられることができました」
石田さんが思う古都・鎌倉らしい空間を室内に落とし込めたらと始まった「燕カフェ」の第二幕は、多くの地元住民に愛されているようです。
ついつい畳に足を延ばしてしまいたくなる落ち着いた空間で、夏の思い出を振り返って、ノスタルジックな思いに浸ってみてはいかがでしょうか。
About Shop
燕カフェ 鎌倉
神奈川県鎌倉市小町3丁目2−27
営業時間:11:30~17:00
定休日:なし
園果わたげ
ウフ。編集スタッフ
ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。
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